unveiled




 大理石の廊下を疾走し、エインセルは螺旋階段を駆けのぼってゆく。そのすぐ後に、ファウルとフェリシンも続いていた。
 階段の上の方から足音と喧騒が迫る。周囲に壁がない螺旋階段の途中で、三人は足を止めて身構えた。三人のものではない銃声が響く。咄嗟にエインセルは数段後ろにさがってそれをかわした。
「……ッ、ここでは完全に不利だ、」
 周囲を見回してファウルが口の中で呟く。
 螺旋階段に身を隠す場所はない。宮殿が吹き抜けのような構造になっており、その中心に階段が位置しているため、どのフロアからでも遠距離であれば階段を狙うことができた。
 いたぞ、という声が下から響く。上からは連続的に銃声が聞こえてきた。更に数歩さがって、エインセルは両手の銃を握りしめる。そのエインセルの背中と、ファウルの腕を、フェリシンは同時に軽く叩いた。上に向かうように二人に視線だけで促すと、階段の細い手すりに跳び乗った。
 驚いてエインセルがフェリシンの名を呼びかけたが、それより先にフェリシンの身体は動いている。勢いをつけて手すりから上方へと跳びあがり、空中で宙返りをしながらライフルを構えた。姿を現したターゲットに、兵の攻撃が集中する。しかし上のフロアにいた兵のうち数人は、フェリシンが空中から放った弾丸によって身体を蜂の巣にされ、彼が着地するまでに床に倒れて動かなくなった。
 ファウルとエインセルは顔を見合わせ、小さく頷きあうと上へ向かって駆けだす。フロアでは着地したばかりのフェリシンが迫る弾丸をかわし、更に追い討ちをかけてくる槍兵の攻撃を軽々と跳躍して逃れていた。その二人の兵に、ファウルとエインセルがそれぞれ発砲する。悲鳴もあげず、二人の兵は甲冑を貫かれて絶命した。
 吹き抜けを挟んで対になっている向こう側のフロアから、次々に弾丸がファウルたちを狙う。まだ周囲の敵を全滅させられていない状態で、エインセルは戦いながら、こっちだ、と声をあげてファウルとフェリシンをフロアから廊下へと誘導した。
 金属の刃と弾丸が入り混じって襲来する。三人はそれぞれに迫ってくる相手に応戦した。さまざまな方向からのあらゆる攻撃を回避し、隙をみては銃で攻撃をしかける。フェリシンが持ち前の戦闘能力で手当たり次第に兵の鎧を貫いて驚異的なスピードで相手の数を減らし、ファウルとエインセルはその周囲の敵を的確に撃ち抜いていた。
 あちこちから次々に廊下に姿をみせる相手の銃撃をかわしたファウルの背後から、剣が振り下ろされる。間一髪ファウルはライフルのボディでそれを受け止めた。鎧姿の剣を持ったその兵は、容赦なく剣に力をこめる。兜の隙間から鎧の中に人の姿をファウルが見たその瞬間、乾いた音とともに兵は横から身体を蜂の巣にされて吹き飛んだ。
 はっとしてファウルが弾丸の飛んできた方を見遣ると、フェリシンは既に次のターゲットに狙いを定めている。フェリシンの次の一撃が放たれてから、ファウルは更に襲い掛かってくる剣をかわして叫んだ。
「二人とも気をつけるんだっ、こいつら……ただのダユー・シンドロームじゃないッ、」
 両手に握ったハンドガンで前方に迫った三人の兵を執拗なほどにエインセルは撃ち抜く。致命傷をはるかに越えたダメージを受けて、ようやく兵は廊下に突っ伏した。
 追い討ちを避けきってから、エインセルは横目でファウルを見遣る。
「ただの……とは、一体どういうことだ、」
「……こういうことよ、お嬢さん」
 エインセルの背後から低い女性の声が迫る。はっとしてエインセルは振り返ろうとしたが、振り返った先には鎧姿の兵がいた。咄嗟にエインセルが兵に銃口を向けてトリガーを引こうとすると、今度はフェリシンの声が響く。
「エイン、跳べッ」
 言葉に身体が反応し、エインセルは跳躍した。それと同時にフェリシンも床を蹴る。そして宙に浮いたエインセルに迫ると、攫うようにその腕を掴んで更に上へと引っ張りあげた。
 その瞬間、エインセルがいた場所に十名ほどの兵士が、引火済みの爆弾を持ったまま飛びかかる。爆弾は間をおくことなく爆発し、火薬の焦げた匂いと埃に混ざって血飛沫が飛び散った。
 爆風に吹き飛ばされながらも、フェリシンとエインセルは無事に着地する。埃が引いた後に、ばらばらになった鎧と焦げた骸が団子のようになって晒された。
「やっぱり……慢性症状かっ」
 かぶりを振ってファウルは苦々しい表情を浮かべる。
 するとそこに、再び先程の女性の声が響いた。
「ご名答、ね。……そう、この役立たずどもは、もはや人間とは呼べない存在よ」
 こつこつと足音が迫り、晴れてゆく埃の向こうから長身の女性が姿を現した。紫色の髪は腰まで伸びている。深紅のボディのライフルを右手に握るその女性は、エインセルよりも十歳ほど年上に見え、ファーのついた厚手のコートを身に纏っていた。
 女性の姿を見た途端、エインセルが怒号を発する。
「ハベトロット……貴様ッ、」
 女性に二丁の銃口を向け、エインセルは両手の指で同時にトリガーを引く。しかしその瞬間、エインセルと女性の間に二人の兵が飛びだし、弾丸を至近距離から真正面に受けて吹き飛んだ。
「なっ……、」
 一瞬エインセルの動きが硬直した。その隙に、女性はハンドガンを素早く懐から取りだしてトリガーを引く。慌ててエインセルは身を翻したが、弾丸は彼女の左肩をかすめた。
 瑕をまったく気にとめず、エインセルは再び女性に向かって弾丸を放つ。しかし先程と同じように、兵がその間に入って真正面から弾丸を喰らった。
「何度やっても同じことよ、諦めなさい」
 女性は余裕の笑みを浮かべる。
 眼前に迫った兵をライフルで撃ち倒し、ファウルは女性を見遣った。
「なるほど、あなたがハベトロットか、……噂通りの邪知なやり方だ、」
「お黙りなさい、解放の死途<シーリー・コート>。人体を抉るようなその弾痕……間近で見ると随分と惨いわね。悪名高いのはそちらじゃないかしら。おまけに我が王国を侵略するとは……」
「なにが我が王国だ。もう少し救いようがある状態かと想っていたけど……この王宮にいるのは、あなたと無数の傀儡でしかないじゃないか」
「傀儡……だと、」
 周囲の敵を撃ち倒し、エインセルは会話に割って入るとファウルを視界に捉える。背後から迫った剣を、身を翻して回避し、ファウルはその歩兵の懐に弾丸を見舞った。
「この兵たちはみんな特異なダユー・シンドロームになってる……狂戦士化するだけじゃなく、脳のはたらきが極端に抑制されているんだ。ダユーの副作用が進行して脳に障害が出た段階で、副作用に歯止めをかける、……慢性的なダユー・シンドロームの完成、というわけだ。おそらくこの兵たちの場合、危機察知能力が……」
 敵の攻撃を避けながらファウルは説明を続けていたが、そこまで言ったところで三方を囲まれ、言葉を切って戦闘に集中する。跳躍して二本の槍をかわし、追撃として放たれた銃弾も空中で身を捩って回避した。
 ファウルたちの前方からも後方からも、兵はぞろぞろと姿を見せる。廊下には既に兵の死体が折り重なって倒れていた。
 ハベトロットに背を向けて、後方からの敵を休むことなくフェリシンは迎撃している。前方からの兵に対して、ファウルとエインセルは応戦を続けていた。少しずつ二人とも息があがりはじめている。
 兵に囲まれて護られながら、ハベトロットはファウルの説明に対して頷いた。
「詳しいじゃない、解放の死途<シーリー・コート>。その通りよ。危機察知能力が逆転した状態で症状の進行を停止させてあるわ。危険があれば喜び勇んで身を投げる狂戦士……、素敵でしょう、」
「……狂ってる、」
「そうかしら、私は生体構造を少しいじっただけよ。殺しているのはあなたたち。……サウィンの人々を、ね」
「やっぱり……あなたの直属の部下じゃないんだな、この兵は……」
「当たり前でしょう。自分の股肱にそんなことをする莫迦はいないわ。それに……統治者に逆らった罪人なのよ、この兵たちは。……当然の報いでしょう、」
 そう言いながら笑い声を響かせ、ハベトロットは銃口をファウルに向けた。
「もっと簡単に殺られてくれると想ったけど、案外しつこいのね。精根尽き果てて嬲り殺されるには暇がかかりそうだし……。まあいいわ、世間で悪名高き死途<コーツ>をサウィンの統治者として始末してあげる。……お譲さんはどうやら死途<コーツ>じゃないみたいだけど、同罪よね」
 くすんだ紫色の瞳が冷たく光を宿す。しっかりとした造りのハンドガンのトリガーにハベトロットは指をかけた。そのトリガーが引かれると同時に、もう一発の銃声がこだまする。
 フェリシンが空中で身を捩り、ハベトロットが放つ銃弾と軌道が交錯するように狙って発砲していた。兵のうちのひとりがフェリシンとハベトロットの放った弾丸の前に飛び出して真紅を散らす。
「なんですって……、」
 目を丸くして、ハベトロットは銃声がした方に視線を移そうとする。しかし既にフェリシンは空中からハベトロットに奇襲をしかけていた。一気にハベトロットの懐に飛び込むと、フェリシンはライフルを剣のように振りおろす。体勢を崩しながらハベトロットはそれを避けた。
 着地するや否や、フェリシンは目にもとまらぬ速さで再び床を蹴ってハベトロットに迫ると、握られたハンドガンをライフルの先で強引に弾き飛ばした。
「どういう仕掛けか知らないが、あんたの銃弾には兵は反応しないみたいだからな、……悪いがひとり犠牲にさせてもらった、」
 からん、と音をたててハンドガンは遠くの床に落ちる。
 更にフェリシンが追撃しようとすると、その背後から数名の兵が一度に迫った。小さく舌打ちをすると、フェリシンは後方へと大きく跳躍し、ハベトロットとの間に再度間合いをとる。
 その一連の様子を見て、ハベトロットは身体を震わせながら右手親指の爪を噛んだ。
「……悪い冗談だわ。まさか……あなたが狂気の死途<アンシーリー・コート>だなんて……」
「……なんだ、あんたも俺を知ってるのか。しかし生憎俺には記憶がないんでね」
「記憶……、そうでしょうね。……もし、私に加担するというのなら、教えてあげてもいいわ」
 ハベトロットがそう言葉を発している間に、フェリシンは背後からの兵の攻撃をかわし、ファウルに視線を送る。周囲の敵に対して応戦を続けていたファウルはそれに気付き、小さく頷いた。
 兵の放つ弾丸を避け、フェリシンはハベトロットにライフルを向ける。
「誰が加担なんか、」
「エイン、臥せろッ、」
 フェリシンが言葉を紡ぎかけた瞬間、ファウルはそう叫んだ。
 咄嗟に兵と間合いをとって、エインセルは体勢を低くする。それとほぼ同時に、ファウルを中心として閃光弾が炸裂した。
 真っ白な光が廊下に充ちる。全員が視界を奪われ、銃声と金属音が止んだ。
 誰よりも先に明確な視界を確保したフェリシンがまず床を蹴る。真正面にいる兵に近付くと、ライフルを薙ぎ払った。それに反応して兵が跳躍して逃れると、フェリシンは深追いせずにファウルとエインセルのいる方を見遣る。閃光が炸裂する前に臥せていたふたりは、周囲の兵よりも先に動きを開始していた。
 躊躇いなく、ファウルはまっすぐにハベトロットに迫る。その懐に飛び込んで弾丸を放ったが、閃光が晴れはじめた中で、ハベトロットはひらりとそれを避けきった。
「くだらないわ、こんな幼稚な戦法が通じるとでも想ってるの、」
 鋭い瞳でハベトロットはファウルを睨みつける。右手の袖口から素早く刃物を取りだすと、トリガーを引いた直後で動きの止まっているファウルに向かって振り下ろした。
 それを見てエインセルはファウルの名を叫ぶ。ほぼそれと同時に、エインセルから離れた場所で、フェリシンは先程ハベトロットの手から弾け飛んだハンドガンを蹴り飛ばした。刃物を握るハベトロットの手にハンドガンが命中する。その一瞬の隙に、ファウルは体勢を立て直し、振り下ろされた刃はファウルの髪を数本かすめるだけにとどまった。
 今度はハベトロットの体勢が崩れる。その瞬間、ファウルは大声をあげた。
「撃て、エインッ、」
 その言葉が届くと同時に、エインセルは両手のハンドガンの銃口をハベトロットへと向け、トリガーを引いた。
 ファウルの真横で、真紅が溢れだす。
「……な、……ぜ……、」
 首筋と脇腹に弾丸を受け、ハベトロットはそのままうつ伏せに床に倒れた。音をたてて大理石の床に刃物が転がる。
 ハベトロットが倒れるさまを、ファウルとエインセルは静止したまま視界に捉えていた。それほど時間が経過しないうちに、ハベトロットの身体はまったく動かなくなる。しん、とその場が静まり返った。