不変の禍根、選んだ道




 二階建ての巨大な図書館は、フロアと本棚がすべて木でつくられ、天井には小さなステンドグラスが4箇所はめこまれている。
 その図書館の二階、高さ2メートルの本棚がいくつも列を連ねる、その間にユーフォリアは座り込んでいた。彼の周囲には分厚いハードカヴァーの本が積み重ねられ、その中に埋もれながらユーフォリアは読書に熱中している。背後にある窓の外でゆっくりと陽が沈んでゆくのにも気付いていない。もちろん、図書館にいた人々が徐々に帰ってゆくことも。
 紙面に熱中していたユーフォリアの前に、30代前半くらいに見えるひとりの女性が現れる。そしてその女性の影で紙面が暗くなり、やっとユーフォリアは顔をあげた。
「……あ、レイン先生」
「また術のお勉強? 熱心なのはいいけど、そろそろ図書館閉めるわよ」
「うわっ、もうそんな時間なのかよ!?」
 焦茶色のまっすぐに肩まで伸びた髪を靡かせながら、レインはくるりとユーフォリアに背を向けた。女性用のスーツに身を包んだ凛々しい背中に向かって、ユーフォリアは「あと5分だけ!」と叫んで再び視線を本へと移す。窓の鍵がかかっているか確認してまわるレインの方から「ほんとに5分だけよ」と溜め息にも似た声が聞こえてきた。
 しかし今まで時間の経過も忘れて本に熱中していたユーフォリアが5分などという時間を気にするはずもなく、しつこく何度もレインに声をかけられ、やっと本を片付け始めたときには既に20分経っていた。
 レインは散らかした本をひとつひとつ慣れたように片付けるユーフォリアを近くで見ていた。もう施錠はほぼ完了し、あとはこのユーフォリアが出るべき扉が開いているだけである。レインの目に映るまだ15歳の少年はすっかり図書館に馴染んでいた。
「これだけ使ってもらえたら、学校の図書館としての価値は大きいわねぇ……」
「だってほら、うちの学校は普通の学校じゃねぇもん。術の専門家が読むような本がこんなにあるのってフォリオ学院<うち>くらいじゃん。読まなきゃ損だっての」
「それはそうかもしれないけど、あなたくらいの歳でそんなこと言う子、滅多にいないわよ。……で、今日も禁忌の術を研究してたわけ?」
 半ば呆れたようなレインの問いに、ユーフォリアは「あったりまえだろ」と返す。実際、中学部の少年が毎日図書館に遅くまで残って禁忌の術の研究をしている、というのは教師の間では有名な話だった。その事実に対して応援する声もあれば、危険な術に幼い頃から手を染めるのかと危惧する声もあり、人によって反応は様々であったが。
 レインが溜め息をつく。
「そんなことしなくても、うちの研究機関で禁忌の術は常に研究対象になってるじゃない。そのうち明確な答えが発表されるわよ。研究科にいるのはフォリオ学院が誇るシンクタンクなんだし」
「わかってねぇなぁ、先生。それじゃ駄目なんだよ」
 本を片付け終えてユーフォリアは本棚の間を抜けて階段へと向かった。レインもその後を追う。
 木製の大きな階段をゆっくりと降りると、その先には大きなテーブルが数台あり、その周囲には椅子が並べられている。その一番手前の椅子にユーフォリアの荷物、フォリオ学院の制鞄が置かれていた。鞄のサイドポケットから腕時計を取りだして時間を確認しながら、ユーフォリアは言葉の続きを紡ぐ。
「与えられる情報だけを鵜呑みにするだけじゃ意味ねぇの。自分が調べたこととか経験したこととか、そういうのを踏まえて研究発表を見ねぇとな。世の中にはうちの研究科もびっくりするぐらいのすっごい術の使い手とか、半端じゃねぇ精神力の持ち主とかがいるんだ。だから机上の空論ばっか並べてもしょうがねぇってこと」
「……まだ子どもなのに随分なこと言うわねぇ。禁忌の術なんて踏み入るべき領域ではないと私は想うけれど……物好きが多いのね、世の中には」
「それは先生がアシストを専門に研究してるからだろ。それに、たしかに禁忌は危険な術だけど、禁忌が世界を救う可能性だってあるかもしれねぇんだからな」
 自信満々に言うユーフォリアにレインは怪訝な顔をする。しかしユーフォリアはそんなことには構わずに、再び腕時計を鞄のサイドポケットに入れると、本がぎっしりと詰まって重そうなその鞄をひょいと持ちあげた。そして出入り口へとまっすぐに向かう。
 右手に鍵を握って、レインはユーフォリアを図書館の出入り口まで見送った。そして出ていこうとするユーフォリアの背中に声をかける。
「好奇心旺盛なのはいいけど、危ないことに首突っ込んじゃ駄目よ」
「わかってるよ。オレ、ここ最近いろいろ成長したから」
 一度振り返って笑顔でレインにそう言って、ユーフォリアは走って図書館から出てゆく。その背中を見ながら、レインは「成長、ねぇ……」と呟いた。
 出入り口にしっかりと鍵をかけ、職員通用口に向かって足を進める。図書館の隅にあるその扉を開けて、ふと立ち止まる。そしてレインはひとりで小さく笑った。
「禁忌が世界を救う……ねぇ。あの子もおもしろいこと言うわね。……でも……これだけ術が研究されても不死者を完全には駆逐できないとなると、頼るべきものは未解明の部分が多い禁忌の術、なんて考えも増えてくるかもしれないわ」
 自分でそう言ってから「なに莫迦なこと考えてんだか、私は」と再びレインは笑う。そして図書館から出て通用口に外から鍵をかけ、外にある操作パネルで図書館のライトを消した。

 図書館を飛びだしたユーフォリアは長い通路を歩いていた。石の大きなアーチの下にまっすぐとのびる、アスファルトの通路である。両端を柵で囲まれ、柵の向こうには緑が茂っている。そこは正門と校舎とを繋ぐ通路だった。校舎として建っている図書館から出てまっすぐその通路を歩いてゆけば、正門をくぐって外へ出ることができる。
 通路から出て、ユーフォリアは一旦立ち止まって伸びをする。ずっと前屈みの姿勢で本に熱中していたため、身体を伸ばすと気持ちがよかった。
 家のある方を向いて、再びユーフォリアは足を進めようとする。すると、近くから誰かの話し声が聞こえてきた。その話し声の中に禁忌という言葉が混ざっていたことに反応して、ユーフォリアは周囲を見回す。どうやら声は正門沿いに少し歩き、そこにある角を曲がったところから聞こえているようだった。
 正門がとりつけられているコンクリートブロックの壁に沿って歩き、曲り角の手前まで行ってユーフォリアはちらりと向こう側を覗き見た。そこにいたのはふたりの中年男女と、ひとりの若い青年である。そのメンバーにユーフォリアは見覚えがあった。
(こいつら、うちの研究科の奴だ……名前は知らねぇけど、前にあった術の研究発表で見た気がする。……そうだ、たしか禁忌の研究発表してたメンバーにいたんだ、この三人)
 制服を着ているため、向こうがユーフォリアの存在に気付けばフォリオ学院の学生だとすぐにわかってしまう。ましてや、ユーフォリアは教師の間でも禁忌の研究に熱中していると知れ渡っている。一般の人間ならわからないような話もユーフォリアにはある程度理解することができるだろう。もしそのユーフォリアが話を聞いていると知れば、自らの研究を発表することが生業である研究者は話をやめてしまうかもしれない。自らの考えを盗聴されて、それを他人の知識にされてしまってはたまったものではない。正門を出てから話をしているのも、禁忌に詳しい人間が正門の外にはいないと踏んだからだろう。白昼堂々、というわけではない。陽はとっぷり暮れてしまっているし、殆どの人間はもう帰宅した後なのだ。
 コンクリートブロックの壁に身を隠して、ユーフォリアはできる限り気配を消そうとつとめた。そして向こう側から聞こえてくる言葉を拾おうとする。幸い、その間に正門から出てくる人間はいなかった。
 はっきりとは聞こえてこないその言葉を、断片から推測しつつ頭の中でつなげてゆく。その作業を繰り返していると、数分後には話し声が止んだ。どうやら解散するようだと察したユーフォリアは慌てて家のある方向へと駆けだす。その頭の中には聞こえてきた言葉が鮮明に残っていた。










 リビングで電話のベルが鳴る。
 夕食も済み、リビングにあるテーブルに書類を広げてアルスは仕事にかかっていた。電話のベルに反応してアルスは顔をあげたが、夕食の片付けが終わってリビングに戻ってきたヴェイルがすぐに「出ようか?」と訊ねる。家の電話にかかってきているのだから、警察からではないだろう。警察の連絡はすべてアルスの携帯電話に直接かかってくる。そのためアルスは「頼む」と頷いた。
 受話器をあげてヴェイルが「もしもし」と言うと、一寸間を置いてからユーフォリアの声が聞こえてきた。
『……あ、ヴェイルか?』
「ユーフォリア? どうしたの、アルスに用事なら替わろうか?」
『えっと、そうじゃねぇんだ。……シアン、いるか?』
「シアンに用事? 珍しいね……今替わるから、ちょっと待ってて」
 ヴェイルは受話器を耳から離す。そしてリビングのソファで本を読んでいるシアンを振り返った。ヴェイルの声が聞こえていたため、シアンはゆっくりと顔をあげる。ヴェイルと目が合うと、本に栞をはさんでソファに置き、マイペースに立ち上がって電話へと歩み寄った。
 電話などほとんどしないシアンが、慣れない手つきで受話器を握る。そして受話器を耳にあてると「どうしたの?」と声を発した。受話器の向こうからユーフォリアの声がする。
『よう。えっと、セラが来たとき以来だから……ちょっと久しぶりか。元気か?』
「普通かな……。いつも通り。……それで、私に何かあるの?」
『ああ、うん。……あのさ、禁忌のことについて訊きたいことがあるんだけどな』
 一旦ユーフォリアは言葉を切る。しかしシアンは相槌を打つこともなくただ黙って話の続きを待っていた。電話に慣れないシアンは普段逢って話すときのような態度でいる。その様子を小さい子どもを見る親のように、はらはらとヴェイルは眺めていた。
 相槌がなかったが、シアンの普段の態度から考えるに無視をしているというわけではないだろうと受話器の向こうでユーフォリアは推測する。返事がないままで話を続けた。
『お前、禁忌の術使えるじゃん? あれってどういう風に使ってんだ?』
「どういう風にって訊かれても……よくわからない。特に考えたこともないし、意識せずに使えてしまうから……。あ、シャールなら何か知ってるかもしれないけど、替わろうか?」
『いや、いい! あいつとまともに会話できんのはお前だけだから!』
 力一杯ユーフォリアはシアンの提案を退けた。勢いよく声が発された理由がわからず、シアンは小さく首を傾げる。もちろん、疑問があっても声に出さずにリアクションだけで示していては相手には伝わらないのだが、まだ電話で話しているという感覚がシアンにはあまりないらしい。
 少し沈黙が流れ、ユーフォリアが小さく「うーん」と唸る。そして再び質問を投げかけた。
『……じゃあさ、禁忌が何かを媒介にして成り立ってる可能性っていうのはあるのか? たとえば、そういう力が集うようなスポットがあるとか、アイテムがあるとか……』
「それはないと想う。他の人はどうか知らないけど、私の場合は基本的に他の術と同じだから……」
『やっぱりそうか……やべぇな……』
「どういうこと?」
『……今日、学校から帰るときに研究科の奴らが話してんの立ち聞きしちまってさ。そいつら、ウェスレーのどっかにパワースポットかなんかがあって、そこで禁忌を使ったら自我を失くすことなく発動できるって考えてるみたいなんだ。多分何かを研究して導いた結論がそれなんだろうけどさ……もしそれが間違ってたら大変だろ? お前やシャールは特殊なケースで使っても何ともないみてぇだけど、実際禁忌を使って暴走して命を落とした人が結構いるんだ。だから……』
「……止めたい?」
 呟くようにシアンが言う。それに対してユーフォリアは「まぁ、そういうことになるんだろうな」といつもより大人びた口調で唸った。
 禁忌に対してユーフォリアが抱いている感情が他の人と異なるということはシアンもよくわかっている。最初シアンを攻撃してきたときの様子からすると、その感情が禁忌によって自我をなくすということに対してわき起こっているということも推測がつく。わざわざ連絡をとってきたことからしても、ユーフォリアにとっては深刻な問題なのだろう。
「私でよかったら、行こうか?」
『……え?』
「禁忌を使おうとしているっていうことは、禁忌を使うべき状況があるっていうことじゃない? そうでないと、そこで禁忌が無事に使えたとしても何の意味もない。だったら、先にその要素を取り除いてしまえば……」
『でも、いいのか? べつにお前に関係あることじゃねぇし……』
「私には関係なくても、ユーフォリアに関係あることなら完全に他人事だってわけじゃないから」
 当然のことのようにさらりとシアンはそう言う。それを聞いて受話器の向こうでユーフォリアは思わず大声を発して歓んだ。シアンの後ろにいるヴェイルにも、その漏れた声は届くほどだった。
 その後に日時や集合場所の打ち合わせを簡単に終えて、シアンは受話器を置いた。通話を終えると何もなかったかのようにまたソファに戻る。慌ててヴェイルは「何だったの?」と訊ねた。
 いつものようにシアンは端折りながら内容を説明する。端折られる度、ヴェイルは細部について訊ねなければならならかった。だいたいの内容を理解したヴェイルとアルスは自然とユーフォリアと初めて逢ったときのことを思いだしていた。
 ペンを握る手を止めてアルスは言う。
「禁忌の術についてはお前たちと出逢ってから興味本位で少し調べてはみたが、研究者によって言っていることがバラバラだったな。結局、憶測の範囲に留まって結論は出ていないようだったが……ただひとつ一致していたのは、強力かつ危険な術であるということだった」
「過去に禁忌を使って命を落とした人々のおかげで強力な術であるということがわかってしまった、敷衍して言えば不死者を殲滅させるためには有効な手段だと想われるようになってしまった。だからたとえ失敗した先人たちの姿を見ていたとしても、研究して何とか使いこなせるようになろうとする人々が後を絶たないんだろうね」
 腕を組んで考え込むような仕草をしながらヴェイルはアルスを見遣った。軽く頷いてアルスは同意を示す。
 そこにぽつりとシアンが声を発した。
「でもユーフォリアは違う気がする。禁忌を使うことによって自我を失うこと、それ自体に焦点がある気がする」
「言われてみれば、たしかに……。ユーフォリアは禁忌のことについては詳しいみたいだけど、自分が使いたいとは言ったことないもんね」
 ヴェイルがソファを振り返った。その視線の先でシアンは小さく頷くと、さっきまで読んでいた本をソファの隅に移動させて立ちあがる。そしてアルスの方を向いた。
「シャール、まだ起きてるかな?」
「さぁな……外に出る必要のないときはずっと部屋にいるからな、あいつは……」
「私、ちょっとシャールの部屋に行ってくる。禁忌のこと、何か知ってるかもしれないから。ユーフォリアはシャールに直接訊きたくはないみたいだったし……」
「……まぁ、そうだろうな……」
 苦笑しながらアルスは息を吐きだした。アルスが苦笑する理由がわからずにシアンは小さく首を傾げる。しかしすぐにマイペースにゆっくりと歩き始めると、静かな手つきで扉を開けてリビングを出ていった。










 シアンはシャールの部屋の扉をノックした。しばらく待ってみたが返事はない。躊躇いがちにシアンは「シャール、起きてる?」とドア越しに訊ねた。
 少し間を置いて部屋の中から少しくぐもった声が聞こえてくる。
「……アリアンロッドか?」
「うん、……ごめん、起こした?」
「……いや、起きてた。……用事あるんじゃねぇのか? 入ってこいよ」
 最初は少し違和感のあった声が、次第にいつものような一語ずつに自信が満ちたようなシャールの声になる。シアンはそっとドアを開けて部屋の中に入った。
 部屋は殺伐としていた。はじめから置かれていたベッドが隅にあり、あとは真ん中に小さな円形テーブルが置かれているだけである。服は結局アルスのものを譲り受けており、クローゼットも必要ない。娯楽に使うと想われるものも一切ないため、普段部屋でシャールが一体何をしているのかまったくわからなかった。
 アルスの家でシャールが暮らすようになってからシアンがシャールの部屋に入ったのは初めてだった。今までは気が向いたときにシャールが部屋から出てくるか、何か用があってもヴェイルかアルスがノックをしているのを確かめてから用件を告げて去るだけだった。
 部屋に入ってドアを閉め、シアンは窓際に立つシャールを見つめた。その姿はいつもより疲労しているように見える。
「……シャール、どうかしたの?」
「それはこっちの台詞だ。お前が来てくれるなんて珍しいじゃねぇか」
「そう言えばそうだね。部屋に入ったのも初めてだし……。私物がないから客室のままって感じがするけど……いつも部屋で何してるの?」
「特に何をしてるってわけでもねぇな……。……強いて言うなら考えごとだ」
 そう言うと、ドア付近に立ったままのシアンを中へ入ってくるようにシャールは視線で促した。そっとフローリングの床の上をシアンは歩く。そしてベッドの端に遠慮がちに腰かけた。シャールは動こうとせず、先程よりは少し自分に近寄ったシアンを満足そうに眺めている。
 シアンがシャールと視線を合わせると、シャールは「それで、何の用だ?」と訊ねた。ユーフォリアとの電話の内容をシアンは完結に説明する。そしてまたさっきヴェイルとアルスに説明したときと同じように、適当に端折りすぎたためにシャールの質問をその都度受けなければならなかった。
 だいたいの内容を把握してシャールは「なるほどな」と呟く。そしてしばらく考えるような仕草をしてから、ゆっくりとシアンに近寄ってきた。
「アリアンロッド、お前は本当に禁忌について何も知らねぇのか?」
 ベッドに座っているシアンを見下ろしてそう言うシャールに、シアンはただ首を横に振った。
「陰の力の作用なんだろうってことはわかるけど……その他のことは何も……」
「まだ思いだせてねぇのか? ……妙だな……」
 ひとりごとのようにシャールは言う。シアンが首を傾げると、シャールは誤魔化すようにシアンの髪を撫でた。自然とシアン以外の人間には見せないような穏やかな表情になっている。
 再びシャールは窓際へと戻る。そして今度はシアンに背を向けたまま口を開いた。
「禁忌は"人が使うべき術"じゃねぇ。愚鈍な輩どもが失敗して命を落とすのは、禁忌に耐えられねぇからだ。べつに禁忌は強大な精神力が必要な術ってわけじゃねぇ……あの術は人知を越えてる、ただそれだけのことだ」
「……どういうこと?」
「……いずれわかる。だが、しばらくお前は禁忌を使わねぇ方がいい。周囲を想うなら尚更のことだ。そのガキのためってのが気に食わねぇが、禁忌を使う必要性があるなら俺が代わりに使ってやる」
 シャールの言葉は重く、深くシアンには感じられた。禁忌を使わない方がいいと言われても、その理由がわからない。しかしいつもより重みのあるシャールの声を聞いていると、その理由を訊ねる気にはなぜだかなれなかった。