静寂への目醒め




 その夜、シアンとヴェイル、そしてライエは旅館の庭園を歩いていた。
 旅館の庭園はイーゼル特有の文化をふんだんに盛り込んだ、地方色ゆたかなものだった。他の地方では見られない深緑の葉をつけた木々が並び、様々な形と色の石が土の上に通路をつくっている。そしてその脇には砂利でつくられた窪みを水が流れる、小さな川のようなものがある。
 宿泊客であれば庭には自由に入ることができるが、夜になると庭におりてくる人はそう多くない。というのも、夜にそなえての灯りの設備が庭には殆どないからだった。夜に庭園にいったところで、昼間のようにその特色を眼で楽しむことはできない。けれどシアンたちは、アルスが夜の会議に行っている間に庭におりてきていた。ライエも仕事でイーゼルに来ているのだが、今日のところは何か予定があるわけでもない。
 特に何を観るというわけでもなく、ただゆっくりと夜風に当たろうというだけの動機だった。
「……ハディスさんの婚約者だった方がエヴィル・イーゼルに巻き込まれていたなんて……」
 静かな声でライエが呟いた。
 シアンは小さな川のもとにかがみこんで、水に映る月を眺めている。その様子を立って眺めていたヴェイルは、隣で呟いたライエに向かって問いかけた。
「そんなに、非道いものだったの? そのエヴィル・イーゼルっていうのは……」
「ええ……。未だに犯人はわかっていないのよ……それ以降、同じような事件は起こっていないし五年も経っているから、そんなに頻繁に事件のことを耳にすることはなくなったけど、それでも世界中の人が憶えてるわ。たくさんの人が亡くなった……それこそ、この前のセントリストとは比較にならないほど。火事と不死者と両方だったから……本当に悲惨だったわ。テレヴィにみんな釘付けになってたし……。……ヴェイルさん、ヴォイエントに来たのは最近なの?」
「あ、うん……。だからエヴィル・イーゼルのことも知らなかった。……この世界の人はずっと前から苦しみ続けていたっていうのに……僕は……」
「……ヴェイルさん?」
 苦々しい表情で低い声を吐いたヴェイルをライエは覗き込む。それにはっとして、ヴェイルはあわててかぶりを振った。川に背を向けて数歩ゆったりと足を進めると、立ち止まって月を見上げる。綺麗な円形をしているその月の赫灼はどこかやさしいものだった。
 視線は月を見上げたまま、ヴェイルはライエに向かって話を続ける。
「……ハディスは強いよね。あんな過去をあれだけ滔々と話せる人はそういないよ。後悔だとか情けないだとか言ってたけど、そんなレヴェルのものじゃないと想う……本当は今でも憤懣やる方ないままなんだろうな……」
「そうね……。スフレでは指輪をしていなかったのにイーゼルではしてたっていうのも、カメリアさんへの気持ちの現れなのかしら……。愛する人の傍で、同じ指輪をしていたいって」
「もしかしたら、そうなのかもしれないね。……ライエは、そういうのが憧れなんだ?」
「なっ……わ、私は…………その……」
 突然ライエは顔を赤らめて言葉に詰まった。その昭然さにヴェイルは思わずライエの方を見て微笑む。するとライエは必死になって紅く染まった頬を隠そうとした。
 相変わらずわかりやすい人だな、と想いながらヴェイルは再びシアンに近寄った。シアンはまだ先程と同じように、ずっと水に映った月を見つめている。それは見ているというよりも、ただそこに視点を置いているようだった。瞳はぼんやりとしたまま、身体はまったく動かずにいる。
 そんなシアンにヴェイルは背後からやさしく声をかけた。
「さっきから黙ったままだけど……どうかしたの?」
「…………カメリアさんの声が聞こえた」
 ぽつりとシアンはそう呟いた。何の詳しい説明もなくただそれだけを呟いたシアンに、ライエは慌てるのをやめて普段通りに戻って近寄った。
 シアンの言うことを疑うことなく、驚きを示しながらヴェイルは訊ねる。
「それ……どういうこと?」
「よくわからない。お墓にいったときに声が聞こえて。ハディスには聞こえてないみたいだったし、頭の中に直接聞こえたから、誰かが近くで喋ってる声を聞き間違えたってわけじゃないと想うんだけど……。やさしい女の人の声、ただそれだけなんだけど、それがカメリアさんの声だってわかる……。今考えたら変な話だからずっと夕方のこと思い返してた……それでも、やっぱり錯覚とは想えなくて。……それに……」
「……それに、どうしたの?」
「アクセライに捕まって変な注射打たれた後の幻覚とか幻聴とかに、ちょっと似てたんだよね……その女の人の声が聞こえたときの感覚が。あのときほどリアリティはなかったし、苦しくもなくて、逆に少しあたたかいくらいだったけど……巧く言葉で表現できない部分が…………、あ……ごめんね。よくわからない話まじめに聞かせて」
「いや、そんなことはいいけど……。……シアン、まさか……君は……」
「やはり此処にきていたのか」
 突然背後からアルスの声がして、会話は中断された。
 三人が声のした方を振り返る。仕事が終わって帰ってきたアルスがスーツ姿のまま庭におりてきていた。ゆっくりと立ち上がって、シアンは「お疲れさま」と言いながらアルスに歩み寄る。そのシアンの背中をヴェイルは傷ついた瞳で見つめていた。
 ぼんやりしたまま動かないヴェイルの顔をライエが覗き込む。
「……ヴェイルさん、どうしたの? 夜風で身体が冷えたんじゃない?」
「あ、いや……大丈夫だよ。ライエこそ身体冷えてない?」
「平気よ。私、ヴェイルさんより厚着だから」
 そう言って微笑むライエに、ヴェイルもいつものように微笑み返した。そしてライエはシアンとアルスの方に近付いてゆく。
 ヴェイルは再び月を見上げた。先程までは綺麗に見えていた明るく美麗な月に、いつの間にか薄暗い雲がぼんやりとかかりはじめている。
 深く大きく呼吸をしてから、ヴェイルもアルスの方へと足を進めた。今宵は静かでとても心地よい。しかしヴェイルには何か胸騒ぎのようなものが感じられてならなかった。










 翌日の夜、シアンたちは全員でイーゼルの夜の街を歩いていた。
 アルスとライエは午前中仕事をこなし、昼から全員でハディスの案内でイーゼルを観光していた。城のように大きな木造建築や風景の綺麗な丘を見て回り、夜に食事をとった店から出てきたところだった。
 この日も風は穏やかだった。冷たすぎない爽やかな風がシアンたちの髪を揺らす。充実した時間を過ごした後ということもあって、シアンたちの間には穏やかな空気が流れていた。そして一行は道をしばらく歩いて、ふらりと空き地に立ち寄った。
 空き地には木製の小さなベンチがふたつ置かれている。そこにシアンとライエは並んで腰をおろした。自然と、ベンチを囲むように間隔の大きな人の輪ができる。アルスは隣に立つハディスを見遣った。
「今日はいろいろと案内を頼んで済まなかったな」
「なに言ってんだよ、俺様は他の地方の人間がイーゼルを楽しんで好きになってくれるってのが嬉しいんだ。建築物も風景も良かっただろ?」
「ああ……今まで見たことがないものばかりだった。この文化を護ることができているのも、イーゼルに住む人々の努力の賜物なんだろう……いい処だな、此処は」
「だろ? そう言ってもらえると案内した甲斐があったってもんだぜ。本当ならもっとあー坊もライエちゃんも、もっとラフな格好で来られりゃよかったんだがなぁ。スーツとか制服とかじゃ自由に羽根伸ばしに来てるって感じしねぇだろ?」
「仕方ないだろう、仕事帰りなんだ……それに羽を伸ばしに来てるわけでもないぞ、俺とライエは」
 そんな話をしながら嬉しそうに満面の笑みをハディスは浮かべる。それは子どものように頑是無いものだった。
 アルスとハディスのその会話を聞いていたユーフォリアが、突然話に割って入る。
「……オッサンって、スフレにいるときもヘラヘラしてっけどさ、」
「ヘラヘラってなんだよ、このガキ!」
「まぁ細かいことはどうでもいいじゃん。でさ、スフレにいるときから軽いタイプだと想ってたけど、イーゼルに来てからなんかいつにも増して上機嫌じゃねぇか?」
「あー……いや、まぁイーゼルが好きだからな、俺様は。環境がいいと気分もいいってもんよ」
「うん、それはオレもわかるけど……。なんでそんなにイーゼルが好きなのにスフレで議員なんかやってんだよ? こっちで仕事とれなかったわけじゃねぇだろ? 議員できるくらいの能力あるんだからさ」
 ユーフォリアのその質問に、ヴェイルやライエもハディスを見遣る。それはユーフォリアだけでなくヴェイルたちも疑問に想っていたことだった。
 質問を受けてハディスは腕を組んだ。そして大きく息を吐きだすと、上着の胸ポケットから煙草とライターを取りだして煙草に火をつける。夜の闇に白い煙がふわふわと舞い上がった。そして煙草を吸いながら、特定の誰かというよりもただそこにある空気に向かって話すように口を開く。
「本当はこっちで仕事してたんだけどな、引き抜かれたんだよ……スフレの議員にな。俺様は見ての通りの愛国主義者だ、そんな誘い即座に蹴っ飛ばしてやるつもりだったんだがなぁ……。誘いの直後にエヴィル・イーゼルが起きて、あんなことになったろ? なんて言うかな、逃げたかったんじゃねぇか? ……ってなに自分のこと他人に訊いてんだ、俺様。……あー、ともかく、なんかヤケになって了承しちまったんだよ。辛いこと思いだす処にいられなかったんだ、そのときはな」
「それで、スフレで働いてたんだ……。スフレにいるときに指輪をしていなかったのも……」
「ああ、思いださねぇように実家に置いて行ったんだよ」
 ヴェイルの遠慮がちな問いかけにハディスはさらりと答えた。墓地のときと同じく、その声は話している内容に反して明るいものだった。本人がつとめてそうしているのか、もう吹っ切れているのかはわからないが、その姿は観る者の眼に強く映る。
 ハディスの隣にいたユーフォリアが食い付くように質問を投げかけた。
「引き抜かれた……って、もしかしてオッサン、そんなにちゃらんぽらんな顔で結構できる人間なのか!?」
「誰がちゃらんぽらんな顔だ!」
「痛っ! 殴るなよ、大人げねぇな!」
「ガキに茶化されたりしなきゃ俺様は真面目に仕事する人間なんだよ。……そういやぁ……ガキ、お前フォリオ学院通ってんだよな……。俺様、フォリオ学院のイーゼル分校の大学部卒業してるんだぜ?」
「え……えぇぇぇっ!?」
 突然ユーフォリアが大声を発してのけぞった。辺りが静かなこどもあって、その声は一段と大きく響く。
 得意げに「先輩様と呼べ、先輩様と」とユーフォリアに向かって言うハディスを見つめながら、シアンは首を傾げた。ユーフォリアが驚くのはわからないでもないが、アルスはライエまで驚きを示しているのをシアンは見逃していない。そしてふと目の合ったアルスに声をかけた。
「フォリア学院のイーゼル分校……の大学部、だっけ? それってすごいの?」
「まぁ所謂、超一流というやつだ。勉学においてエリートの人間しか入学することはできない上、卒業にこぎつけるのも容易ではないらしい。俺みたいに高卒の人間にとっては雲の上の人間みたいなものだ」
「おいおい、あー坊、かいかぶりすぎだって。って、あー坊、高卒だったのか……てっきりお前こそエリート大学出てるもんだと想ってたがなぁ。……ま、大事なのは今だからな。どこの学校出たとか学校行ってねぇとか、そんなことは関係ねぇよ。いい大学出ても人望も何もないただの勉強バカじゃ意味ねぇだろ?」
 そこまで言うとハディスはズボンのポケットから袋状になった灰皿を取りだして、煙草の吸い殻をそこにおさめた。
 しばらく沈黙が流れる。それは決して気まずいものではなく、ハディスの言葉の余韻を残すようなものだった。そしてその空気をハディスの声が切り裂く。
「……ま、俺様もうすぐ今の仕事やめんだけどよ」
 さらりと流されたその言葉は唐突すぎて全員が反応を示すまでに少し間を要した。そしてその間をおいてから再びユーフォリアが大声をあげる。ヴェイルやアルスも声こそあげないものの驚きを示していた。シアンが冷めた顔のままでいるのはいつものことだが、ハディス本人もすっかり冷静でユーフォリアに「近所迷惑になるだろ、そんなに騒ぐな」と注意している。
 ライエも思わず身を乗りだした。
「や、やめるって……議員さんってそんなに簡単にやめられるものなんですか?」
「議員は任期があるから全うしなきゃならねぇんだけどな、スフレの議員の任期は五年だからな、もうすぐで終わるんだよ。大抵の人間は任期がきれたら手続きして継続するんだが、やめることももちろんできる。だからこの機にやめようと想ってな」
「……イーゼルに、戻られるんですか?」
「そういうこった。仕事はこっちで捜せばいい。スフレ行く前にやってたこっちの仕事先に連絡してみたら、なんとかなりそうだったしな。……実家帰ってきて実感したぜ、俺様はやっぱりイーゼルが好きだってな。スフレももちろんイーゼルと違う良さがある。けどな、やっぱりガキの頃から育ってきた環境ってのを簡単には捨てられねぇんだよ。思いだすこともあるけど、そっから目を背け続けても仕方ねぇだろ。……カメリアが眠ってるとこに、俺様もいようって決めた」
 決意めいた声で言うハディスの瞳は澄んでいる。その瞳には何の迷いもなかった。
 しかし言い切ってからしばらくすると、照れたように「なんか格好良いこと言っちまったかな、俺様」と頭を掻いた。真剣な眼差しはいつものように穏やかなものになる。
 ヴェイルはそのハディスの姿を見つめながら唇を噛んだ。そして視線をゆっくりと下げる。ヴェイルにとって、ハディスの姿は羨ましいほどに堂々としすぎていた。ヴェイルが「……ハディスは、強いね」と呟きかけたそのとき、ベンチに座っていたシアンが小さく声を漏らして息を呑んだ。
 隣に座るライエがシアンを見遣る。シアンの瞳は僅かに揺れていた。ライエがそっとシアンの腕に触れた。
「シアンさん……どうしたの?」
「……気配……。……不死者の……」
 ぽつりと零れたその言葉に全員が反応を示した。
 血相を変えてハディスは慌ててシアンに大股で歩み寄ると、その言葉に食いつく。
「お嬢ちゃん! それ、何処だ!?」
「……正確にはわからない……でも多分、北の方……」
「北……だって!? 冗談じゃねぇ!」
 大声をあげて、ハディスはシアンに背を向けると振り向きもせずに走りだした。背後からユーフォリアが「おい待てよ、オッサン!」と叫ぶのも聞こえていない。アルスも慌ててハディスの行方を追ったが、狭い路地に駆け込んでしまったその姿はもう見えなくなっていた。
 ハディスの姿を見失うまいと追いかけようとするユーフォリアの腕をアルスは掴んだ。引きとめられてユーフォリアはアルスを見上げる。
「何やってんだよ、オッサン見失っちまうだろ!?」
「……大丈夫だ。シアンが北の方だと言っていただろう。あいつが向かったのは北区だ……エヴィル・イーゼルのときと重ね合わせてな。俺たちも北区へ向かおう。向こうについてから連絡を取ればいい。それに、シアンがいなければ正確に不死者の気配がする場所を特定することはできないからな……頭が冷えた頃にあいつの方から連絡がくるかもしれない」
「トロメリア警視正は大丈夫なんですか? まだ怪我が完治していないって伺いましたけど……」
「激しい運動はできないが銃や術を使うくらいなら何とかなる。走るスピードが落ちるのが難点だが……とにかくハディスを追おう。ライエ、お前はどうする?」
「私も行きます。自分の身は自分で護れますから。……不死者に襲われている人を、ひとりでも助けたいんです」
「……わかった。たしかに、救護に関しての技術はお前の方が長けているだろう。……俺の側から離れるなよ」
 ライエの瞳を見つめてアルスが言うと、ライエは顔を赤らめながら何度もしっかりと頷く。
 その間、ヴェイルはベンチに座ったまま動かないシアンの側に歩み寄っていた。それでもシアンが腰を上げる気配がないため、ヴェイルは身体を屈めてシアンのオッドアイを覗き込む。視線が合ってシアンは何度か瞬きした。
 シアンの目の前でヴェイルが心配そうな表情を浮かべている。
「……大丈夫? 気分悪いなら宿に戻って休んでた方が……」
「なんともない……大丈夫。ただ、少し変な感じがする……。シャールがいないから確証は持てないけど、キーストーンかもしれない。……それと……」
 突然シアンは言葉を止めた。次の言葉をヴェイルが待っていると、シアンはぎゅっとかたく目を閉じた。そしてそのシアンの身体は苦し気な声とともにベンチから落ち、ぐらりとヴェイルの方に倒れてくる。慌ててヴェイルはその身体を受け止めてシアンの名を呼んだ。
 ヴェイルの声に反応してアルスとライエ、そしてユーフォリアは二人を振り返る。ヴェイルがシアンの身体を支えているのを見ると慌ててそちらへ駆け寄った。
 しばらくヴェイルに身体を支えられていたが、やがてシアンはゆっくりと身体を起こす。きつく閉じた瞳が開かれた。目の前にいるヴェイルを見つめながら、シアンはそっと声を発する。
「……ごめん……少し、頭痛くて……」
「そんなことはいいけど……やっぱり君は休んでた方がいいよ」
「気にしないで、きっと偏頭痛か何かだから」
「でも……」
「……不死者が出現してる。キーストーンがあるかもしれない。北区に行けばヴェイルやアルスなら不死者のいる場所を感知できるかもしれない、……でもシャールがいない今、私以外にキーストーンを無効化できる人はいないんだよ」
 そう言われてヴェイルは返す言葉に困った。たしかにシアンの言うことは正しい。仮にシアンを置いて北区へ行ったとしても、シャールが現れない限りキーストーンをどうにかすることはできないのだ。キーストーンのあるところにシャールが出現する可能性は高いが、今回もそうだとは限らない。ヴェイルは渋々「わかったよ」と承諾した。
 苦々しい表情をしているヴェイルの横を通り過ぎて、シアンはアルスの隣にまで足を進める。そして小さな声でアルスの方を見ないままで言った。
「……行こう」
「……本当に大丈夫なのか?」
「行かないと、いけないから。……少し、変な感じはするけど……。でも呼ばれてるから、呼ばれてる気がするから……行かないと」
「止めても無駄みたいだな……。……無茶だけはするなよ」
 そのアルスの言葉を聞くと、小さく頷いてシアンはハディスの後を追って足を進めた。
 シアンの後ろ姿を見ながら、ヴェイルとアルスはほぼ同時に溜め息をつく。そして顔を見合わせて思わず苦笑した。
「不死者のことになると本当に言うこと聞かないんだから……」
「俺たちが止めたところで何の効果もないんだろう。…………だが、何か今日は厭な感じがする……」
「アルスも? ……僕も、なんだかそんな気がするんだ」
「……偶然の一致にしては笑えないな。とにかく、あいつを見失わないようにしなければ」
 アルスに対してヴェイルとライエ、そしてユーフォリアはしっかりと頷いた。どこかぼんやりとしたまま歩いているシアンの後ろ姿はまだ目でとらえられる距離にある。おそらくシアンがヴェイルたちがついてこられるようにゆっくりと歩いているのだろう。
 緊迫した空気の中、風はゆるやかに流れ続けている。その風に髪をなびかせながら、シアンたちは北へ向かった。