静寂への目醒め




 ノルンの一件から二週間が経過した。
 病院から退院したアルスは自宅で勤務用のスーツに着替えていた。カッターシャツにネクタイを締め、上着を羽織るとリビングへ向かう。上着の左胸にI.R.O.のロゴが入っており、腕には腕章がつけられていた。
 リビングには既にシアンとヴェイルがいる。シアンはソファに座り、ヴェイルはその向かいにある椅子に腰掛けて二人で話をしていた。そこへアルスの姿が見え、二人はそちらへ顔を向ける。
 アルスが二人に「待たせたな」と言おうとした途端、アルスの胸ポケットの中で携帯電話が鳴った。携帯電話を取りだすと、着信欄にハディス・オールコットと表示されている。通話ボタンを押してアルスが電話を耳に当てると、いつもと同じ元気のいい声が聞こえてきた。
『よっ、あー坊! 退院したんだってなぁ、おめでとーさん!』
「ああ……心配をかけた。……しかし、相変わらず元気だな。……悪いが今はお前に付き合っている暇はない。これから仕事だ」
『おう、知ってるぜ! イーゼルに出張だろ?』
「……何故お前がそんなことを知っている」
 携帯電話片手にアルスは怪訝な顔になった。
 ハディスの声は大きく、近くにいるシアンやヴェイルにまでも漏れている。ハディスの言う通り、今まさしくアルスはシアンとヴェイルを連れてイーゼルに出張に行くところだった。まだ現場に戻れるほど完全に怪我が治ったわけではないが、日常生活に支障は殆どない。渉外の仕事なら運動を伴わなくても可能なため、職場に復帰後すぐにその仕事がまわってきた。
 ハディスが出張のことを知っているということに、シアンとヴェイルも不思議そうな顔をしている。すると電話の向こうから再びハディスの声が漏れてきた。
『俺様の情報網は半端じゃねぇぜ? 議員ネットワークがありゃ、各地のお偉いさんの動向なんざすぐわかるってんだ。……で、あー坊、もう大丈夫なのか?』
「ああ……激しい運動はできないが、普通に生活はできる。……先の一件からセントリストはややこしいことになっている。追悼と復旧の事業も……ある程度進んではいるようだが、完全に人々が安心して暮らせる日がくるのはまだまだだろう。警察もいろいろなところに狩り出されているからな……人手が足りない中、休んでいるわけにはいかない」
『なるほどねぇ……。……あ、それでだ、イーゼルに来るんだろ? しかもライエちゃんとも一緒に』
「たしかに彼女は偶然システム管理課からの同行人として派遣されたが……。そんなことまで知っているのか、お前は」
『まぁな。……しかも丁度タイミングのいいことに、俺様、今イーゼルの実家にいるんだわ。そういうわけで、イーゼルセントラルシップステーションに着いたら連絡するように! んじゃな!』
 一方的に話を進めたハディスは自分の言いたいことを言い終えると電話を切ってしまった。ハディスが勝手に話を進めて決定してしまうのは今日に限ったことではないが、アルスは携帯電話を胸ポケットに仕舞い込みながらため息をつく。今更再び電話をして何かを言い返す気にもなれなかった。
 ため息をつくアルスをシアンとヴェイルは見上げた。二人にももちろんハディスの声は聞こえている。半分呆れているヴェイルとアルスが顔を見合わせる中、シアンは淡々と呟いた。
「ハディスってイーゼルの出身だったんだ……」
「……みたいだね。イーゼル出身の人がスフレの議員っていうのもなんか変な感じだけど」
 ヴェイルがシアンの言葉に合わせて話していると、インターフォンが鳴った。話をやめてヴェイルは椅子から立ち上がると、玄関の傍にあるインターフォンのモニタを覗く。そしてそこに見慣れた姿があるのを見て、玄関のドアを開けた。
 そこにはスーツ姿のクルラが立っている。クルラはヴェイルに簡単に挨拶を済ませると、靴を脱ぎ捨ててずかずかと家の中に上がり込んできた。そしてアルスの方に勢いよく近寄ってがっしりとその両腕を掴む。
「アルちゃん! 退院したんやて!? あー……もうホンマよかったわー! 事故起きたって聞いたとき心臓止まるかと想たんやで、アルちゃん死んでしもたんやないかって心配で心配でしゃあなかってんから!」
「わかった、わかったから落ち着け」
 尽きそうにないクルラの言葉を遮って、アルスは掴まれた手を振りほどいた。
 クルラは心配そうな顔をしながらアルスを間近で見上げている。その真剣な眼差しに応えるように、アルスはクルラの瞳を見つめた。そして「もう大丈夫だ」と言うように力強い視線を送る。そして僅かに微笑んでからクルラの瞳から目をそらせ、その服装を見て問いかけた。
「クルラ、お前……仕事中ではないのか?」
「今は昼休みやで。アルちゃんに逢うとかへんかったらアルちゃんのこと気になって仕事も手につかへんから、昼休み使て逢いにきたんや。……あ、それともうひとつ用事があんねん」
 突然真面目な顔になると、クルラはアルスからシアンの方に視線を移した。急に目が合って、シアンは首を傾げる。
 腕を組みながらクルラは言った。
「波動観測の件やねんけどな、中断した方がええと想うねん」
「……どうして?」
「アルちゃんとかが逢うたっていうアクセライって奴は、聞いた話やとシアンちゃん狙てんのやろ? フォリオ学院の研究発表を見てたんやけどな、波動観測の術を使たら、特殊な波動が使用者の周囲に生じるらしいねん。不死者相手に波動観測してる物好きみたいなんは、ヴォイエント広しといえどもうちらぐらいやろ? もしアクセライがそれに気付いたらどうする? そしたら不死者のおるとこで波動観測の波動が生じたら、そこにシアンちゃんがいますって言うてるみたいなもんやんか」
 説得するような口調で言うクルラを、シアンは黙って見つめていた。クルラが一旦言葉をやめても特に何も言わない。
 代わりに隣からヴェイルが口を挟んだ。
「……たしかに、それはそうかもしれないね。……でもクルラ、波動観測をやめちゃったら、クリスタラインについての詳細がわからないんじゃないの?」
「そこは、うちの腕の見せ所や! 今までの観測から持ってるデータ使て何とかするから心配せんでええよ。そりゃあ情報多い方がええかも知れへんけど、シアンちゃんを危険な目に遭わしてまで情報を集めたいとは想わへん」
「……そうだな。俺が代わりに観測をしたところで精神力の関係であまり詳細な観測はできないだろうし……。それに、これ以上アクセライの想うようにはさせたくない……。……シアンも、それでいいか?」
 クルラに同意したアルスはシアンを見遣る。その視線の先で、シアンは小さく頷いた。
 波動観測の話を聞きながら、シアンの頭は半分別のことを考えていた。波動観測を中断するという決定事項を頭の中に入れて、そっとクルラの名前を呼ぶ。名を呼ばれてクルラは再びシアンの方を見た。
「ん? なんや?」
「クルラは機械の製作とか扱いとか得意だよね? ……遠隔操作で、術力に似た波動と威力を持つ爆弾を爆発させるっていうことはできる? もちろんその爆弾も機械技術を用いて製作して」
「……は? ……まぁ……できんことはない……と想うけど……。突然どないしたんや?」
 シアンの質問にクルラだけでなくヴェイルとアルスも目を丸くしている。シアンひとりだけが涼しい顔をしていた。
「べつに。ちょっと訊いてみたかっただけ。……それよりアルス、そろそろ行かないと時間なくなるよ」
 シアンにそう言われてアルスは腕時計を見た。時計は1時15分前を示している。時間を見てアルスは「もうこんな時間か……」と呟いた。ヴェイルも家の壁にかかっている時計で時間を確認している。
 クルラだけがシアンの言葉を理解できず、首を傾げた。
「時間……て、アルちゃんどっか行くん?」
「出張だ。ノルンの一件を受けて、イーゼル警察に連携要求に行く。ノルンの件では援軍が遅れ、地方同士の交流のなさが如実に現れたからな。……まぁ、渉外担当というか、斥候というか……という程度だがな」
「復帰したとこやのに大変やなぁ……。無理したらアカンで? 気ぃ付けてな」
 アルスを真剣な表情でクルラは切実に言葉を発した。自分より少し年下のアルスを思いやる様子は、弟を心配する姉のようだった。










 イーゼルはセントリストより少し暖かいが、だいたい気候は似通っている。ただし、その街並は随分異なっていた。
 セントリストには鉄筋コンクリートの建物が建ち並んでいるが、イーゼルにはそのような建物は殆ど見当たらない。シップステーションさえもが木造で、街には木造や土壁の家が多い。ただしノルンの丸太小屋のような木造とは違い、屋根には立派な瓦が並べられていた。地面はアスファルトではなく砂によって整えられている。イーゼルセントラルシップステーションの周囲は人口密度が高く、整備された道の両脇に、たくさんの家が並んでいた。
 セントラルシップステーションに着いたら連絡するようにとハディスに言われていたが、連絡するまでもなくハディスはステーションで四人の到着を待っていた。ハディスはいつものようなスーツ姿ではなく、動きやすい服装に薄手のコートを羽織っている。そして隣には何故かユーフォリアの姿もあった。
 シップから降りた四人はすぐにハディスを見つけた。その長身とがたいの良さは大勢の人の中にいても目立つ。そして四人はハディスの方に歩み寄り、ユーフォリアの存在に気付いたヴェイルが小さく首を傾げながら訊ねた。
「あれ、ユーフォリアも来てたんだ……。学校は?」
「今休みなんだ。術の研究大会があるみたいでさ、大人だけでやるから学生は入れなくてつまんねぇし……で、オッサンのとこに遊びに来てたとこでさ。お前らのとこも遊びに行ってみたかったんだけどアルス入院してたろ?」
「……そんなこんなで、うちでタダ飯食ってやがる」
「社会人がケチケチすんなっての! 先行投資だと想えって」
 話に割って入ってきたハディスにユーフォリアはいつもの調子で言い返す。ユーフォリアも制服ではなく、ハイネックとジーンズという私服にスニーカーで此処に来ていた。
 ユーフォリアに向かって舌打ちしながら、ハディスはアルスに近寄る。
「取り敢えず、あー坊の予定を教えてくれ。折角だし空き時間にいろいろ案内してやるよ。イーゼルはいいとこだぜ、見て回って損はねぇ」
「観光に来たわけではないんだが……悪くはないかもしれないな。イーゼルは独自の文化を護り続けていると聞いた。興味はあるな」
「だろ? この街並ひとつ見ても昔の文化が失われてねぇことの素晴らしさってのを実感できるってもんよ」
 得意げにそう言うと、ハディスはアルスの予定を聞きながらポケットから手帳を取りだしてメモをとりはじめる。
 その様子をシアンは何気なく見ていたが、やがて何か違和感があることに気付いた。何かはっきりとはわからないその違和感を探るようにシアンはハディスを見つめた。
 そして、ふとその違和感の正体に気付いたときには、シアンの口から言葉が零れていた。
「……指輪……」
 シアンの声に反応して、全員がシアンを見遣る。そしてシアンの視線がハディスの左手に注がれているため、全員の視線もハディスへと移った。
 ハディスの左手の薬指には指輪がはめられている。その指輪は半透明の白いリングだった。光の加減によって、その色は半透明な白から透明やシルバー、そして純白と様々に変化を遂げている。
 その指輪に真っ先に具体的な反応を示したのはライエだった。
「わ……これプラチナリングじゃないですか? しかもサウスファイヴの100周年プレミアムヴァージョンの……」
「サウスファイヴ……って?」
 聞き慣れない単語にヴェイルは首を傾げた。
 するとライエはうっとりとハディスのリングを見つめながら説明する。
「ブランドよ。サウスファイヴは全世界的にすごく人気のある宝石ブランドなの。プレミアムヴァージョンのリングなんて発売日の発表があったら早急に予約しないと手に入らないはずよ」
「へぇ……そうなんだ。たしかに綺麗だもんね。それに、僕は詳しくないからあまりよくわからないけど、こんな指輪他であんまり見たことないような気がするし……。……でも、あれ? 左手の薬指のリングっていったら、たしか婚約……」
「あーもう、どうでもいいだろ、そんなこと! ほら、こんなとこでたむろしてねぇで、さっさとホテル行くぞ! 案内してやるから!」
 ヴェイルの言葉を遮って早口でハディスはそう言った。そして大股でステーションの出口へ向かって歩いてゆく。
 いつもは見られない、照れているような焦っているようなハディスの行動に、全員が顔を見合わせて思わず小さく笑った。










 イーゼルセントラルシップステーションから徒歩五分くらいの処にあるホテルに一行は到着した。ホテルといっても、他の建物と同じように木造建築に瓦葺きの屋根である。アルスが警察から貰った書類に書かれている名称はホテルだが、建物には旅館と記されていた。セントリスト警察が手配したこの旅館は各地から出張してきた人々が主に利用するのだろう、明らかにビジネスで来ているとわかる服装の人間が多く見受けられる。
 チェックインを済ませて荷物を預けると、シアンたちはロビーに集まった。もう既に三時になっている。アルスは夜にひとつ会議を控えていた。今から観光に行くような時間はない。
「あー坊、今日の会議が終わらねぇと今後の見通しが立たねぇんなら、会議が終わったら連絡してくれ」
 ハディスはそう言うと、軽く「じゃあな」と挨拶をして旅館を出て行こうとした。
 旅館には出入り口が何箇所かある。その中で一番西の出入り口にハディスは向かう。それを見て、ユーフォリアは反射的にハディスを呼び止めた。
「おい、オッサン! オッサン家はそっちじゃねぇだろ?」
「……あー……、アレだ、買い物して帰るんだよ」
「買い物はシップステーションに行く前に済ませたじゃんか。……ははーん、さてはひとりでどっか行くつもりなんだな? しかもこっそり抜け駆けして」
 にやにやと笑いながらユーフォリアはハディスを見上げる。ハディスはいつもの豪快な様子からは想像もつかないようなぎこちない表情を浮かべると、大きく溜め息をついた。
 珍しい反応をするハディスをシアンは小さく首を傾げながら眺めている。その視線の先でハディスは頭を掻きながら言葉を捜した。
「ったく、いちいち鬱陶しいガキだな……。……べつにアレだぞ、いいとこ行くわけじゃねぇぞ?」
 そう言ったときには、ハディスはひとりで目的地に行くことを諦めていた。
 旅館の一番西の出口から出てハディスが向かった先は小さな花屋だった。ハディスが慣れた風に店員と挨拶をかわすと、中年男性の店員は店の奥へと入ってゆく。
 表に置かれている花にはそれぞれ値札がついている。その単位はヴォイエント共通の通貨であるレリアだった。一本あたり10レリアのものから100レリア程度のものまで値段は様々である。
 しばらくして店員は花束を抱えて奥から出てきた。そしてハディスに向かってそれを差しだす。
「はいよ、いつものやつ」
「いつもありがとよ。……今日のはなんか多くねぇか? いつもより重いぞ?」
「サービスだよ。今日はお連れさんも一緒みたいだし、花も賑やかな方があの娘も喜ぶだろ。いつも通り200レリアでいいからな」
「……すまねぇな。また買いにくるわ」
 ハディスはポケットから財布を出し、100レリア硬貨を二枚取りだして店員に渡した。
 その様子をシアンたちは黙って見ている。まさか花屋にハディスが来るとは誰も想っていなかった。もちろん、ここへ遊びにきているわけではない。何か込み入った事情があるような気がして、なにかを揶揄するような言葉をユーフォリアでさえかけはしなかった。
 花束を抱えてハディスが向かった先は墓地だった。広い土地に墓石が列を成して並んでいる。その墓石の間をハディスは黙って歩いた。シアンたちもハディスについて墓地の中を歩いてゆく。此処まで来ればハディスの目的が墓参りであることは誰にでもわかる。たしかにハディスの言っていた通り、抜け駆けして行くようないいところ、というわけではない。ユーフォリアは旅館で此処へ来ようとしていたハディスに言った言葉を少し後悔していた。
 やがてハディスはあるひとつの墓石の前で立ち止まった。その墓石は周囲にある墓石と同じような長方形の石でできたもので、特に変わったところもない。ハディスの横からユーフォリアは墓石を覗き見た。そして墓石に書かれている文字を口の中で呟く。
「……カメリア・オールコット……」
 その呟きにシアンたちも墓石を見た。その間、ハディスは花束を墓石の前に置くと、立て膝をついて合掌している。
 ゆっくりと、長いような束の間のような時間が流れた。
 ハディスは合掌と黙祷を済ませて立ち上がると、いつもと同じような明るい口調でシアンたちの方を向いた。
「……な? いいとこでもなんでもなかっただろ?」
「カメリアさんって、家族の人?」
 ハディス以外でただひとり淡々としているシアンがそう訊ねる。平然とした顔で、このタイミングで質問をぶつけるシアンをヴェイルは慌てて止めようとした。
 しかしハディスはいっこうに構わない様子で答える。
「うーん、家族っちゃ家族だが、そうじゃねぇっつったらそうじゃねぇ」
 その声は気丈だった。
 ハディスはシアンを手招きする。小さく首を傾げて、シアンは呼ばれるままに墓石へと歩み寄った。墓石の前に立つシアンに、ハディスは墓石の右上を指し示した。そこには小さな煌めきがある。そしてそれはハディスの指輪と同じ輝きを放っていた。
「これ……指輪……? ハディスがしてるのと同じ……」
 見たままのことをシアンが呟くと、ヴェイルたちは目を丸くする。
 シアンに対してゆっくり深くハディスは頷いた。そしてつとめて明るい声を発する。
「カメリアは、俺の婚約者……いや、嫁さんだって言った方が正確っちゃあ正確なんだけどよ。五年前のことだ、籍入れて……その翌日に事故に巻き込まれて死んじまった。同棲なんざしてなかったし、式もまだだったからな……嫁さんって感じはしねぇけど。……式の三日前だったかな、あの事故は」
「五年前の事故……だと……?」
 アルスが反射的に声を震わせながらそう言う。
 少し遅れてライエも五年前という言葉に反応を示す。口元に手を当ててハディスを見つめた。
「五年前……まさか、エヴィル・イーゼル……、ですか?」
「……そ。五年前にイーゼルで起きた大混乱……通称エヴィル・イーゼル。どっかの大莫迦野郎がイーゼルを焼き討ちしようと目論みやがった。特に被害がデカかったのは北区でな、火は木造建築を伝って面白いように広がった。しかも運の悪いことに不死者まで出現しやがってな。大勢の人間が死んだ。あんまりにも被害がすさまじかったもんで、通称名までつけられて世界中で報道されてたな。俺様は中央区に住んでるが、カメリアは北区の出身でな、結婚式の準備のために実家に帰ってやがった……。ネタみたいな話だろ? 一緒に行って護ってやればよかったとか、想うんだよ……今更そんなこと考えてもどうにもならねぇのに。未だに心のどっかでは夢じゃねぇのかなんて莫迦なこと考えちまってる俺様がいたりするんだからな、情けねぇ……」
「ハディス……」
 沈んだ声でヴェイルはそう言う。それ以上かける言葉が思いつかなかった。アルスとライエはエヴィル・イーゼルのことを知っているため、苦々しい表情のまま黙っている。
 その重い空気の中、明るい声のままいつものような大きな声でハディスは言った。
「よっし、んじゃ、そろそろ帰るか。あー坊が会議に遅刻なんかしちまったら困るもんな。……ほら、お前らが歩かねぇと俺様出られねぇじゃねぇか!」
 元来た道を戻るため、ハディスの後ろをついて来ていたヴェイルたちに先に行くようハディスは促す。まだなんとなくすっきりとしない雰囲気を感じながらもヴェイルたちはゆっくりとカメリアの墓石に背を向けて足を進め始めた。
 それを見てハディスは再び墓石を見遣った。ハディスと墓石のプラチナリングが夕陽を受けて輝いている。
 シアンもヴェイルたちをすぐには追わずに墓石を見つめた。埋め込まれたプラチナの輝きが目に飛び込んでくる。その瞬間、シアンの目の前は真っ白になった。
「……う……ッ!?」
 耳鳴りがして、身体がバランスを失う。そしてその身体をなにか暖かいものが覆った。女の人の声が頭の中にぼんやりと直接響く。しかしそれらはすべてほんの一瞬のことで、すぐにシアンの背中に軽い衝撃が与えられるとすべて消え失せた。
 衝撃にシアンがはっと目を見開くと、バランスを崩したシアンの身体をハディスの大きな手が支えていた。
「……あ…………」
「お嬢ちゃん、どうしたんだ、大丈夫か!?」
「うん…………えっと、なんともない……。なんかちょっとぼうっとしただけ、ごめんね」
「そうか? 気分悪ぃんだったら我慢せずにあー坊に言うんだぞ? 言いにくいなら俺が言ってやるから」
 ハディスに支えられた身体を起こしてシアンは自分の力で地面に立った。そして墓石を再び見つめる。それと同時にシアンの口は無意識に開いていた。
「……生まれ変わったらまた一緒になろうね。それまで待ってるから。あなたは私の分までたくさん楽しんで生きてね」
 その言葉に驚いてハディスはシアンを見遣った。しかしシアンは何事もなかったかのように涼しい顔をしている。そして「……って、カメリアさんが」と小さく付け加えた。その声に更にハディスは驚きを示す。
 少し間を置いて、ハディスは突然吹きだした。
「ほんとにカメリアの言いそうなことだったんでびっくりしちまったぜ。でも不思議とさ、お嬢ちゃんがそういうこと言うと、俺様を励ます作り話には聞こえねぇんだよなぁ。ほんとにカメリアがそう言ってるみたいでな……ありがとよ、お嬢ちゃん」
 ハディスは笑顔でシアンの頭をやさしく撫でる。しかしシアンは自分の口から出た言葉に対して僅かな驚きを示していた。
 少ししてからシアンは先程聞こえた女性の声が同じ台詞を紡いでいたことをぼんやりと思いだす。カメリアとはもちろん逢ったことなどない。しかし先程の声はカメリアのもので、自分はそれを代弁したのだという気がシアンにはしてならなかった。