戻れない第一歩




「そうか……。昨日セントリストででっけぇ事故が起きたって報道されてたが……仕掛人はあのアクセライだったってわけだな」
 モニタ越しにハディスの低い声がした。
 アルスの家の地下にシアンとヴェイル、それにシャールとライエは集まっていた。コンピュータのある部屋の大きなモニタにハディスの姿が映っている。
 昨日の出来事から一夜明けて、シアンはヴェイルの提案でスフレにいるハディスに連絡をとっていた。一応のことを知らせておいた方がいいということと、議員レヴェルなら地方は違えど何か情報を持っているかもしれないということでヴェイルは提案したのだが、情報は特にはハディスのところへは届いていなかった。
 モニタを見上げてライエが口を開く。
「……亡くなった方は700人を越えているそうです。避難区域が狙われて、爆発も至る所で起きていました……今後の調査ではもっと哀しい数字か出るかもしれないそうです……」
「……ひでぇ話だな。一体何のためにこんなことしやがったんだ、あいつは」
「推測にすぎないけど、まだシアンを狙ってるんだと想う。シャールもそう言ってるし……」
 ヴェイルが横から割って入って補足する。
 モニタの向こうでハディスは低く唸った。それから思い出したように言う。
「そういや、あー坊はどうなった? C92区画の大爆発に巻き込まれたんだろ?」
 アルスの話題になって、ライエは反射的に俯いた。アルスのことを思う気持ちが冷静さに勝ってしまっていたのかもしれない。
 その隣でシアンが冷静に答える。
「I.R.O.の病院に入院してる。意識はすぐに戻ったみたいなんだけど怪我してるから……しばらくは退院できないかもしれない。リハビリもしなきゃいけないだろうし」
「やっぱそうか……。爆発の中心部にいたんだからしょうがねぇ……っていうより、あの大爆発で人が助かったってのは奇跡的だって報道されてたぜ? ひとりでもびっくりするってのに10人近く助かったって話じゃねぇか」
「多分……だけど。アルスはシャールにもらったアクセサリを使ってレジストを発動させたんだと想う。術力を強化すればレジストでかなり衝撃を緩和できるし……アルスのことだからI.R.O.のディシップで今までに鍛錬を積んでたと想う。鍛錬すれば術力を完全には制御できなくても暴発することはなくなるから」
 そう言いながらシアンはヴェイルを見遣った。シアンの言葉にヴェイルは頷いて同じ推測をしていたことを表す。
 それを見てハディスは納得の色を示した。
「なるほどな。……とにかく俺様もそっちへ行くわ。アクセライのことを知ってる以上、遠くから情報待ってるだけってのはゴメンなんでな」
「そっちへ行く、って……ハディス、仕事は?」
 ヴェイルがもっともな質問を返す。ハディスの仕事を考えると簡単に抜けられるものではなさそうである。同じことを想っていたのか、ライエもモニタを見上げた。
 しかしハディスは陽気な声でさらりと言ってのける。
「ん? ああ、そんなもんどっちゃでもいいんだよ。というか、昨日のセントリストの事故のおかげで人が結構スフレから狩り出されてるんだわ。で、決定事項は急を要するってので、上のお偉いさんだけでいろいろやってるらしい。結局、俺様の範疇じゃねぇから暇なんだよ。だったら知り合いの見舞いに行くべきだろ?」
「い、いや……僕に訊かれても……。というか、いいの? そんなんで……」
「ノープロブレムだ。仕事ねぇのにこっちにいてもしょうがねぇしな」
 笑顔でそう言うと「じゃあそっちに着いたら連絡するわ」と言いきった。そして通信が途切れる。一方的な決定にヴェイルは肩を落とした。
 真っ黒になったモニタをぼんやりとシアンは見つめている。その背中に今まで黙っていたシャールが声をかけた。
「どうした? アリアンロッド」
 声をかけられてシアンはゆっくりと振り返った。シャールの言葉にヴェイルとライエもシアンの方を向く。
 しばらくシアンは何かを考えているように反応を示さなかった。それからそっとかぶりを振る。
「……少し引っかかることがあって……。でもここで考えてもどうにもなりそうにないからアルスに逢ってから考えるよ」
 ひとりでそうまとめてしまうと、シアンは階段へ向かって足を進め始めた。いつものようなマイペースぶりにヴェイルはもう何も言わなかった。自分の中でシアンが納得している以上、何を言っても無駄な気がする。それはシャールにとっても同じことだった。
 仕方なく黙ってコンピュータの電源を落とすと、ヴェイルも階段へ向かった。










 I.R.O.の病院は慌ただしかった。昨日の事故での負傷者はとてつもなく多い。大きな病院内を医者や看護士が東奔西走していた。
 アルスはその病院の個室にいた。額には包帯が巻かれている。他にも何箇所か怪我があるのだが、服と布団に隠れて外からは見えない。 個室は白い壁とベッドで構成され、隅に小さな冷蔵庫とテレヴィが置かれていた。現場から救急搬送されて一夜明けただけということで、部屋に私物は何もなかった。
 リクライニングベッドを起こして、それに凭れ掛かってアルスは座ってウォルフとティラー相手に話をしていた。まだ意識が戻ってそう時間が経過していないため頭が少しぼうっとしているが、先程から昨日のことについてしばらく話を続けている。その内容をまとめるようにウォルフが言う。
「つまりは……あの大爆発は何の予兆もなかったということだな?」
「はい。観測班も突然その存在を発見していたようです。何のエネルギィだったのか俺には見当がつきませんが……」
「そうか……。わかった、詳細は痕跡やデータなどから調べさせよう」
 そう言うとウォルフはくるりとアルスに背を向けた。ティラーも「じゃあな、朝っぱらから邪魔したな」と言って部屋を出て行こうとする。
 去ろうとするウォルフを、そちらを見ずにアルスは声だけで呼び止めた。
「……ウォルフさん」
「どうした?」
「……すみませんでした。C92区画にいた人員……全員を護ることができなくて」
「お前が気に病むことはない。お前のレジストのお陰で助かったという証言も得ている。あのレジストがなければ全滅だっただろう、とな」
 さらりとそう言うウォルフに、アルスが返せる言葉は何もなかった。アルスのレジストがなければ証言通り、あの場にいた人員は全滅だっただろう。それはアルスもわかっている。しかし素直に賞賛の言葉をアルスは受ける気にならなかった。
 そこにティラーの声がする。
「気持ちはわからねぇでもねぇけどさ、お前がそんなんじゃ駄目だろ? 復帰したらまた今までみたいに現場でビシっとキメてくれねぇとさ、士気も上がんねぇし。……ま、今はとにかくゆっくり休んでくれ。そんな大怪我して、肉体的にもだけど精神的にも参ってんだよ、きっと」
 笑顔でそう言うと、ティラーはウォルフとともに部屋を出て行った。
 それを見送ってアルスは視線を落とす。手を組んでぎゅっと力を込める。どこか苛立たしい気がした。あの瞬間の出来事が鮮明にフラッシュバックしている。レジストが押し返された感触もはっきりと手に残っていた。レジストが破られた後のことは憶えていない。気がついたときには既に病院にいて、体中に包帯が巻かれていた。
 昨日起こったことをアルスが頭の中で整理していると、部屋の扉が控えめにノックされた。短く「どうぞ」とアルスが返すと、ゆっくりと扉がスライドして開く。そしているものような服装をしたシアンが無表情のまま入ってきた。
 その姿を見てアルスの方が先に声をかける。
「シアン……。ひとりで来たのか?」
「うん。ヴェイルたちは後で来るって。今、お見舞い買いに行ってる」
「べつにそんなに気を遣う必要などないんだがな……」
 苦笑しながらアルスは息を吐きだした。
 後ろ手で扉を閉めると、シアンはベッドサイドにあった椅子に腰掛けた。そしてアルスを見上げる。
「……調子はどう?」
「今は鎮痛剤が効いているからな、何ともない。怪我がどの程度のものなのかは医者に訊かないと何とも言えないが……両腕が無事だったのは幸いだったが、しばらくは動けそうにないな」
「……そうじゃなくて」
 アルスの言葉を一通り効いてから否定の言葉をシアンは発した。けれども、もちろん怪我の状態も知っておくに越したことはないため、話の途中で遮るようなことはしなかった。
 予想しなかった反応にアルスは不思議そうな視線を送る。しかしシアンはすぐにはそれに応えなかった。というよりも。頭の中で言うべきことを考えるのに時間がかかっているようだった。シアンの話はいつも端折られている、それをなしに話すのは苦手だった。
 少し間を置いて、シアンが問いに答える。
「……えっと、アルス落ち込んでるんじゃないかと想って」
 その言葉にアルスは「俺が?」と即座に反応した。それは意外だったからではない。気分が穏やかではないことをシアンに見抜かれているようで驚いたからだった。それ故、アルスは次の言葉を咄嗟には返せなかった。
 それを見てシアンは訊ねる。
「アルス……警察なんて危険な仕事してながら、自分の目の前で人が死ぬのを見たことないんじゃない?」
「……どうしてそう想うんだ」
「なんとなく。理由根拠はないよ。ただそんな感じがするから。……だから今初めて目の前で仲間の命がついえて、しかもそれが自分の力不足だと想って落ち込んでる……違う?」
 アルスは思わず目を見開いた。そして「違う?」という言葉に対し、静かにかぶりを振る。シアンの言ったことは当たっていた。まるでアルスの心を見抜いたかのように。あまりにもさらりと言われたからこそ、アルスも認めてしまったのかもしれない。本当は悩んでいる姿など見せるつもりではなかった。
 部屋が静まり返る。しばらく二人とも何も言わなかった。
 やがて視線を落としてしまったアルスに対し、シアンが沈黙を破る。
「私はあの場にいなかったし警察でもないから偉そうなことは言えないけど……亡くなった警察の人はアルスに悔やんでほしいなんて想ってないよ」
「…………」
「……後悔すれば何か変わる? 過去の出来事が変えられる? ……周囲の人間を護る力を手に入れられる?」
 シアンは珍しく能動的だった。声は静かで覇気がないが、相手の気持ちを自分から探るようなことを言うことは普段はあまりない。
 問いかけられて一度はっとした表情を浮かべてからアルスはまた苦笑した。それはシアンへの返事であり、自分に言い聞かせるようでもあった。
 観念したようにアルスが言う。
「……本当にお前は慧眼の士だな」
「そんなことないよ。勘が当たっただけ。それに……何も知らないくせに生意気言ってごめん。辛いことはそう簡単に克服できるものじゃないってことはわかってるから……無理は、しないで」
「大丈夫だ。俺の方こそすまないな、気を遣わせてしまって」
 普段のように不器用に言葉を並べたシアンにアルスは微笑んでみせた。虚ろなオッドアイにその笑顔を映してシアンは小さくかぶりを振る。先程までは言葉が簡単に出てきていたが、言うべきことを言ってしまうとまた頭の中は混沌とした。
 そこに、部屋の扉をノックする音が響いた。アルスがそれに先程と同じように応じると、今度は勢いよく扉が開いた。
「よっ、あー坊! 元気か?」
 陽気にそう言いながら私服姿のハディスが病室に入ってくる。その後ろにはスフレでの一件に関わったすべてのメンバーの姿があった。 予想しなかった大人数の来訪にアルスは一瞬言葉を失った。シアンが「ヴェイルたち」と表現していたのがこの大人数だったことに今更気付く。せいぜいヴェイルとライエくらいだと想っていただけに、呆気にとられずにはいられなかった。
 そんなことに構いもせず、ハディスは手にしていた紙袋をアルスに向かって差しだした。
「見舞い持ってきてやったぜ! イーゼル名物の大福だ! 甘ぇもん好きだってヴェイルに聞いてこれしかねぇと想ったんだよ。で、朝っぱらからイーゼル行って買ってきたからな、できたてで旨いぜ?」
「……そうか、それは有り難いが……朝から元気だな、お前は……」
「それだけが取り柄だもんな」
 挑発的な口調でユーフォリアが割って入った。そのユーフォリアをハディスは睨み返す。
「ちっ……やっぱこのガキ連れてくるんじゃなかったぜ……よりにもよってスフレのシップステーションではち合わせするとはな……」
「オッサン、オレに内緒で抜け駆けして見舞いに来る気だったんだろ? 悪いことはできないようになってんだよ、世の中」
「ガキが偉そうに言ってんじゃねぇ!」
 同じレヴェルでユーフォリアに食ってかかるハディスをヴェイルとアルス、そしてライエは呆れた眼で見ていた。
 その騒がしい様子をまったく無視するように、シャールは黙ってシアンの近くまで歩み寄った。シアンが近寄ってきたシャールを見上げると同時に、警戒するようにヴェイルもシャールの方に視線を移した。
 シアンを見下ろしてシャールは言う。
「引っかかってたことは解決したのか?」
「……あ、忘れてた。……えっと、でも先に昨日の状況を整理した方がいいかも……アルスは詳しいこと何も聞いてないよね?」
 シアンはアルスの方に視線を移す。アルスはそれに対して頷いた。そしてシアンとシャールの会話に反応して、ハディスとユーフォリアは騒ぐのをやめた。
 ベッドを囲むようにして後から来たメンバーは立っている。その中心のベッドにいるアルスと隣の椅子に座っているシアンを見遣って、ヴェイルは口を開いた。
「じゃあ、昨日のことを整理しようか。アルスと僕たちでは持ってる情報が違いそうだから、お互いに補完できる部分があるかもしれない」
 そう言ってヴェイルは昨日のことについて自分の持つ情報を話し始めた。それはアルスやユーフォリアにとって初めて耳にする情報であった。ハディスにしても、通信ですべてのことを聞いていたわけではない。
 昨日起こったことの主犯はアクセライであること、圧迫感のない不死者が出現したこと、そしてそれは昨日アクセライに命を奪われた人々の残留思念が不死者になって間もないからであること、おそらくまだアクセライはシアンを狙っているだろうということなどを順序立てて話した。一通り話を聞き終わって、ユーフォリアは苛立たしそうに言った。
「なんだよあのアクセライとかいう奴! 人の命をなんだと想ってんだよ!」
「ああ……。しかしあいつが主犯だったとはな。犯行声明があったが、ベルセルクと自らを称していた……伝承と重ねたのかどうかは定かではないが、その名称とアクセライは頭の中で結びつかない……やられたな。術で姿を消されればC92区画で張り込みをしていても意味がないわけだ……おまけに張り込みをしている人員はまとめて撃破できる。……奴の思うつぼだったということだな」
 流石のアルスもため息をつかずにはいられなかった。
 それから「俺が持っている情報でその犯行声明の他に有益そうなものは何もないな」とつけ加えた。事実、あのときアルスに入ってきた情報は何処の避難区域が無事だとか、どの区画が通行止めになっているかとかだった。
 ライエがそっと口を挟む。
「でも、どうしてあの人はシアンさんを狙っているんでしょう? それにその動機と多くの人の命を奪うという行動が結びつかないように想うんですが……」
「……それは……」
 ヴェイルは言葉に詰まった。そして反射的にシャールを見遣る。
 アクセライの目的を把握しているのはヴェイルだけではない、シャールも同じなのだ。そしてシャールなら躊躇わずにすべてを明かしてしまうだろう。ヴェイルとしては、シアンの目の前で真実を明かしたくはない。シアンを動揺させるようなことを言って精神を不安定にはしたくなかった。しかしシャールの言葉を止めようとするのは明らかに不自然である。ヴェイルの中で考えが次々と巡った。
 しかし、ライエの問いに答えたのはヴェイルでもシャールでもなく、シアンだった。
「アクセライは私の力がほしいんだって。私の中には眠ってる力があって、それを目覚めさせたいみたい。私は死者の魂や思念に他の人に比べてすごく強く反応するらしくて、その衝撃で力が目覚めることがある……だから私の周囲でたくさんの人の命を奪ったって。……あ、でもそれだけじゃなくて、多くの人の命を奪うという行為それ自体も目的みたいだった。その理由はわからないけど……でもキーストーンで不死者を生むだけでは駄目なんだって」
 次々と語られるシアンの言葉に、全員が驚きを示さずにはいられなかった。シャールさえもがそうだった。アルスたちはその内容に驚いたが、ヴェイルとシャールが驚いた理由はもちろん、その内容ではなくシアンがそれを知っていたからである。
 思わずヴェイルは一歩身を乗りだした。
「シアン、君……どうしてそんなこと知ってるの!?」
「聞いたから」
「聞いた……って、誰に……」
「アクセライの仲間に」
 さらりと必要最低限の答えを返すシアンに周囲は更に驚かなければならなかった。シアンはひとり涼しい顔をしている。
 一瞬、部屋が静まり返った。
 誰もが訊きたいことがあったが、あまりに簡潔な答えにどこから訊ねるべきか決めかねている。その中、ライエが幼い妹に言い聞かせるようにやさしい口調で問いかけた。
「えぇと……そのアクセライさんの仲間の人っていうのは、シアンさんの知り合いなの?」
「知り合いっていうほどでもないですけど……捕まったときに逢って。少し話してただけで……」
「そうなの……。でも、そのときにアクセライさんの目的をその人から聞いたわけではないんでしょう? もしそうなら、昨日起きたことはシアンさんには予測できたことになるけれど、そうではなさそうに見えるわ……」
「昨日、逢ったんです。C区画で爆発があったとき、その付近に私がいたのをその人が助けてくれて。それでアクセライが首謀者だってこととかその目的とか教えてくれて……その人のお陰でアクセライと逢わずに済んだし……」
「ちょっと待てよ、じゃあそのアクセライの仲間って奴は結局シアンを助けてるじゃんか。それって変じゃねぇか? 仲間だったらシアンのその力ってのを目覚めさせたいはずだろ?」
 黙って聞いていられなくなったユーフォリアが口を挟む。それは他の人間も訊きたいことだった。
 昨日のことを思い出しながらシアンは言う。
「すべてに賛同するだけが仲間じゃないし、ってその人は言ってた」
「内部分裂か?」
「わからない。そこまで詳しいことは聞いてないから。でもその人、アクセライを止めなきゃいけないって……」
 ユーフォリアに向かってシアンはそう返す。
 するとハディスがもっと初歩的な部分を問いかけた。
「でもよ、アクセライの仲間の言うことがそこまで信用なるか? お嬢ちゃんをハメる作戦じゃないとも言い切れねぇし……」
「大丈夫だと想うよ。その人、嘘ついてる眼じゃなかったから……それにすごくいい人だし」
「いい人……って……」
 自分を狙っている人物の仲間をいい人だと言い切ってしまうシアンに、ハディスは肩を落とした。シアンは何の警戒心もなくその人物を信じきっている。
 その仲間の言うことが本当なのかどうかはわからない、ハディスがそう想うのは当然だった。しかしそこにシャールが割って入る。
「いや、そいつの言うことは正しいな。前に言っただろうが、あの男……アクセライはヴォイエントに対して異常なほどの破壊衝動を持ってるってな。だったら人の千や二千殺したって不思議じゃねぇ。それに、アリアンロッドに力が眠ってるのは本当だ。覚醒すれば人の力では制御できないほどの力が解き放たれる……周囲にあるものは間違いなくブッ壊れる上、アリアンロッドの身体もそれに耐えられねぇ可能性が高い。それは俺もこの出来損ないも把握してる事実だからな……まぁ、この出来損ないは真実を述べることでアリアンロッドの精神が不安定になった反動で力が目覚めるのを恐れて、黙ったままでいたみてぇだが……」
 全員の視線がヴェイルに集中する。シャールが情報の提供に非積極的なのはいつものことだが、ヴェイルまで同じことを隠しているとは想っていなかった。
 視線を浴びながらヴェイルは俯いた。前髪で表情が隠れる。
 そんなヴェイルに向かってユーフォリアは「お前……知ってたのかよ!?」と大声を発した。しかしそんな大声に対してヴェイルはただ黙って頷くことしかできなかった。そして掠れた声で「……ごめん。シャールの言う通りだよ」と付け加えた。
 部屋がしんと静まりかえる。
 その空気をシアンの淡々とした声が切り裂いた。
「どうして謝るの? 私のこと想って黙ってくれてたんじゃないの? だったらこっちがお礼言わなきゃいけないのに。……一生懸命考えて黙っててくれたんだから、誰にもヴェイルを責めることなんてできないよ」
「……シアン……」
「私なら大丈夫。私にその力ってのがあることも、死者の魂とか思念とかに強く反応するってこともわかったんだし……しかも安全な形で。何も知らないまま力が目覚めて……ってわけじゃないんだから」
 それだけさらりと言ってしまうと、シアンは思い出したようにアルスの方を向いた。
 そして気まずくなってしまった空気を気にもとめずに話題を切り替える。
「……昨日のアルスが巻き込まれた爆発というか、その熱力っていうのは、突然現れた?」
「あ……ああ、そうだ。俺も突然にその力を感じたし、観測班も突然のことに驚いていたからな」
「やっぱりそうなんだ……」
 アルスの言葉にひとり納得を示すと、シアンは椅子から立ち上がってアルスに背を向けた。そしてゆっくりと扉の方へ向けて足を進める。
 何の説明もせずに、しかも気まずい雰囲気が残っている中、部屋を出て行こうとしたシアンにアルスは慌てて声をかけた。
「何処へ行くんだ?」
「……そろそろおいとまするよ。病室に長居しても悪いし。……はやくよくなるといいね、アルス」
 抑揚のない声を残して躊躇うことなくシアンは部屋を出て行った。
 反射的にヴェイルが焦りを浮かべてその名を呼ぶ。そして姿を消したシアンを追いかけて部屋を飛び出した。