そして、始まる




 見た目からしても大きな家だったが、実際はそれ以上だった。奥行きが非常に広く、更にその最深部の階段を下りれば地下室までがある。その地下室に二人は案内された。
 地下室の一番奥にある部屋には機械があちこちに配置されていた。その周りには資料が山積みにされている。
 慣れた手つきでアルスが中央のコンソールを叩くと、目の前のモニタがぱっと明るくなった。数秒後、そのモニタにひとりのボーイッシュな女性の顔が映しだされた。女性はアルスよりも少し年上に見え、紫がかった桃色のショートカットで、白っぽいスーツをきちんと身につけている。その顔をシアンがちらりと見た瞬間、その女性はせきを切ったように喋りだした。
「アルちゃん遅いやんかっ。今日は現地まで仕事で行く言うてたから心配してたのに連絡いっこもくれへんかったし……、まあ、うちはアルちゃんが強いの信じてるし、連絡のうても不死者にやられたやなんて想てへんかったけどなー。……ん、あれ、お客さんおるん、」
 喋るだけ喋ってから、やっと気づいたように女性は目を丸くした。その喋りの勢いとアルちゃんという呼称にヴェイルは軽く驚きを示し、アルスは参ったというように脱力する。シアンはぼうっとただモニタを見ているだけだった。
 苦笑いを浮かべながら、アルスはシアンとヴェイルを見遣る。
「……一応、紹介しておく。彼女はクルラ。……俺の仲間だ」
「仲間、……でも警察じゃないよね、」
 ヴェイルが首を傾げる。アルスは続けた。
「俺は警察であると同時に、独自に不死者に対抗できる組織を創ろうとしている。彼女は、そのために手を貸してくれている仲間だ」
「そやねん、まだ実行には移せてへんけど、地位とか関係なしでな、凄い術とか使えて不死者に対抗できる人が世の中にはおるねんで。んで、その人らと一緒に頑張れたらええなて想てんねん。あ、組織名はもう考えてあんねんでっ。伝説にある、創造主が召喚したっちゅう神獣の名前とって『マルドゥーク』っちゅう名前や。どや、準備万端やろ、」
 陽気にクルラは話を進める。不死者に対抗できる人、という言葉を聞くと同時にアルスはシアンとヴェイルを見遣った。
 話の流れからして、その組織に二人の力を借りたいとアルスが想っていることはシアンにもヴェイルにもわかる。ただひとり事情を飲み込めていなかったクルラが、モニタ越しに並ぶ三人の様子をじっと見ていた。それから驚きを包み隠さず示してシアンを指さした。
「あ、ぁぁあアルちゃん、そっちの男の子はまだええけど……まさか……こんなちっちゃくて可愛いひ弱そうな女の子をスカウトするとか言うんとちゃうやろな……」
「……そのまさかだが」
「いや、まぁ天才アルちゃんがスカウトしてきたんやから実力に間違いはないんやろうけど……」
「人を見かけで判断してはいけないということだ」
 そう言うと、アルスはまっすぐにシアンを見つめた。
 アルスを見上げるシアンの瞳は綺麗に輝いている。しばらく視線をあわせた後、アルスが次の言葉を発する前に、シアンは口を開いた。
「クリスタラインのことは知ってる、」
 アルスがその知識を持っていることを前提にしているような口調でシアンは訊く。すぐにアルスは首肯した。
「クリスタライン・トランスペアレンシー。通称クリスタラインだとかトランスだとか呼ばれているな。ヴォイエントの伝承の中に不死者が出現したのはキーストーンによる封印が破られたからだ、という一説があるが、キーストーンが何であるかということや封印は何処にあるのかということ、そしてその信憑性は一切謎だった。だが、科学技術を駆使して世界中に電波を放ち、その波長の歪みと不死者の行動範囲を照らし合わせて考えると、すべての不死者が亜空間内の一定の場所を必ず訪れていることが確認され、そこが封印ではないかと言われるようになり、そこはクリスタラインと名づけられた。亜空間内にあるため詳細な調査ができず、クリスタラインの正確な所在地、および不死者との関連性は謎のままだが、なんらかの関係があると言ってまず間違いはない。……これでいいか、」
「充分過ぎるくらいに丁寧にありがとう。その様子だと知っていて当然、という印象を受けるけど」
「最終目標が不死者の完全殲滅だからな。不死者との関連性が否定されない限りクリスタラインの封印も目標だということになる。知っていて当然だ」
「……なるほど。じゃあ目的は同じ……なのかな」
 ぽつりとシアンが呟くと、アルスは、同じ、と鸚鵡返しに訊ねた。シアンが頷く。
「私たちもクリスタラインを封印しようとしているから」
「シーアーンー……」
 さらりと返事をしたシアンの横からヴェイルが重々しく口を挟んだ。そんなヴェイルをきょとんとシアンは見つめる。軽く首を傾げられて、脱力したようにヴェイルは言った。
「いや、まあ、アルスもクルラも悪い人じゃないだろうからいいけどね……。あんまり大っぴらに目的を喋っちゃ駄目だっていつも言っ……」
「ああ、そうだったね」
「そうだったね、じゃないよ、もう……」
 すっかり脱力してしまったヴェイルにアルスとクルラが加勢した。
「……そうだな、クリスタラインのことはあまり大声で言わない方がいいだろう。お前たちがどうやって情報を入手したのかは知らないが、このことを知っている人間はかぎられている。研究者の中でも一握りの人間くらいだろう。あとは俺たちみたいに情報を探り回った人間か」
「探り回ったってゆうても十年はかかったで。なんでか知らんけど、クリスタラインはものすごい秘密にされてんねんから」
 二人に言われて、シアンは曖昧に頷いた。
 シアンが頷いたのを確認してから、ヴェイルはシアンに向かって再度口を開く。
「それで、アルスに協力するの、……僕は君の決定に合わせるから、好きに決めてくれていいよ」
 再び組織のことに話が戻って、三人ともの視線がシアンに集中した。一瞬、部屋がしんとした。
 返事は今すぐでなくてもいい、とアルスが言いかけたとき、シアンは何の躊躇いもなく口を開いた。
「私たちでよければ協力するよ」
「……け、決断早いなあ……」
 クルラが驚きの声をあげた。クルラが映るモニタを見上げて、シアンは淡々と答える。
「同じ目的なら、協力した方がいいと想うしね」
「そらそうやけどな。うちらも助かるし。……しっかし、えらいあっさりしてんなぁ、アンタ。アルちゃんもそやけど、うちは好きやで、そういうタイプ」
 モニタから陽気な笑い声がする。
 アルスはヴェイルを見遣って念を押した。
「……いいのか、」
「うん。そっちこそいいの、……こんな素性もわからない僕らなんかで」
「素性は関係ない。同じ目的があって、それ相応の能力があればそれでいい」
 そう言うと、アルスはモニタに向かった。慣れた風に、モニタごしにクルラと話を始める。
 二人の会話を背にしながら、ヴェイルはシアンの腕を引いた。突然のことにきょとんとしながら、ヴェイルに引かれるままにシアンは部屋の隅まで引きずられてゆく。モニタから充分に離れると、ヴェイルは小声で言った。
「わかってるとは想うけど、一応確認しておくよ。僕たちはクライテリア、つまりこことは違う世界からクリスタラインを封印するために、この世界、ヴォイエントにきた。……だけど、この世界の人にそれは話さない方がいい。まあ、クリスタラインのことくらいなら、アルスになら大丈夫だと想うけど……」
「クライテリアから来たなんて言ったって誰も信じはしないだろうけどね。伝説に出てくる創造主が眠りについた地だとか言われてるらしいし。だいたい、ヴォイエントには『別の世界がある』なんて概念はないからね」
「万が一ってこともあるかもしれないよ。それが原因でなにかに巻き込まれたりするかもしれない。……僕は君が心配なんだ」
「うん、……ありがとう。大丈夫、むやみに喋ったりはしないよ」
 ほんのりとシアンに笑顔が浮かぶ。シアンの表情に応えるように、ヴェイルはやわらかく微笑んだ。





「で、具体的に僕たちはなにをすればいいのかな」
 ヴェイルがそう訊ねる。
 アルスとクルラの話が終わって通信を切ってから、三人は再びリビングへと戻っていた。
「とりあえず、俺たちは兄妹ということで話が通っているからな。一緒に行動するなら、その関係は維持してもらわなくては困る。もちろん、この家の中に生活場所は提供する」
 言いながら、アルスは部屋の間取りが書かれた図を二人に見せた。
 改めて、随分広い家だとシアンもヴェイルも認識した。家族六人ほどがかなり贅沢に住めそうである。どうせ帰る場所があるわけでもないから構わない、と同意したシアンとヴェイルに、それぞれべつべつの、六畳ほどの部屋をアルスは割り当てた。
「クリスタラインのことを知るには不死者と接触して何らかの情報を得るしかない。たとえば本当にクリスタラインが亜空間にあるとすれば、そこから出てすぐの不死者からは強力な磁気が観測できるはずだ。不死者の波動を観測するぐらいは俺のアシスト能力でも可能だ。俺でできるのだからお前たちができないはずがないだろう、」
 椅子に腰かけながらアルスは言う。
 アシストとは補助術のことを指す。一般的には個人の能力を一時的に高める術のカテゴリをアシストと言うが、相手の波動を感じとって分析するアシストも広く用いられていた。
「波動分析くらいならいくらでも」
 淡々とシアンが答える。その隣でヴェイルも頷いた。
 それを確認して、アルスはシアンに視線を向けて続ける。
「それで、本題だが……俺の職業を考えてもらえればわかるだろうが、基本的には俺はあまり自由に動けないと想ってくれた方がいい」
「それはそうだろうね、」
「俺は不死者の出現場所や規模といった情報と警察の動き、二つの詳細をお前たちに伝達する。お前たちには警察の動きを避けて不死者に接触して波動を観測してもらいたい。今度警察に見つかったら厄介だからな」
「接触、波動観測をして、その後に殲滅……ってこと、」
「可能ならば、で構わない。殲滅しなければ得られない情報もあるだろうが、無茶はしてほしくないからな。無理をして怪我をするくらいなら、なにも成果がなくても還ってきてくれればいい」
 シアンとアルスは次々と会話を進めてゆく。
 その隣で、ヴェイルが会話の途切れたところで口を開いた。
「地下室から想ってたんだけど、勝手に組織創って動いたり警察の情報を流したりっていうのは職業上大丈夫なの、」
「さあな。組織を創るな、なんていう規定はなかったから俺の知るところじゃない。情報を流すにしても、家族に仕事の話をするのが違反でない限り咎められる行為じゃないだろう」
「……あっさりしてるなあ………なんか、シアンが二人いるみたいだ……」
 誰にも聞こえないような小さな声で思わずヴェイルは呟いた。
 椅子から立ち上がって上着を脱ぎながら何の気負いもなくアルスは言う。
「咎められて地位を下げられようと職場を追われようとべつに俺は構わないからな。転職するなりなんなりすればいいことだ」
「術さえ使えれば目的は達成できるわけだしね。警察の動きがわかるのは助かるけど、その情報がなくても実害はそんなにないだろうし」
「そういうことだ」
 シアンはあっさりとアルスの意見に賛成している。それがあまりにも自然な考えのように感じられて、ヴェイルはこれ以上心配の言葉を口にするのを諦めた。





 割り当てられた部屋にはきちんとベッドが置かれていた。客人用にでも使われていたのだろうか、なんの不足もない立派な寝室になっている。普段使われていないため殺風景ではあるが、そんなことはシアンにとってはどうでも佳かった。
 電気もつけずに、迷わずシアンはベッドに身を投げだした。
 天井をぼうっと見上げながら、今日消し去った不死者の数をぼんやりと数えてみる。
「……アストラルと……あと百……くらいかな、」
 今日の不死者など世界中の不死者のほんの一握りくらいの数でしかない。不死者は残留思念が彷徨って形成されるもの、という説からすれば、この世界には何万、もしかしたらそれ以上の人々の残留思念が輪廻に戻ることもできずに彷徨っているということになる。
 シーツを手繰り寄せて、ふわりと目を閉じる。
「こんな状態……見過ごせるわけないよね……」
 そう呟きながら微睡んでゆく。疲れていたのか、慣れもしない部屋であるにも関わらずすぐに眠りにおちた。